出向や転籍を経験した労働者にとって、「今の職場で育休を取れるのか」は切実な疑問です。結論からいうと、育休権の有無は「籍がどこにあるか」によって大きく変わります。在籍出向なのか、それとも完全に雇用契約が移る転籍なのか——この一点を正確に把握することが、スムーズな育休取得への第一歩です。
本記事では、育児・介護休業法の法的根拠をもとに、出向・転籍別の育休権の判断方法、申請先・必要書類・育児休業給付金の計算方法まで、実務で使えるレベルで詳しく解説します。
出向・転籍先での育休権——まず「どちらに籍があるか」を確認しよう
育休取得の可否を判断するうえで、最初に確認すべきことは「自分の雇用契約がどこにあるか」です。日常会話では「出向」「転籍」が混同されがちですが、法律上はまったく異なる概念です。
在籍出向とは?元企業との雇用契約が継続するケース
在籍出向とは、元企業(出向元)との雇用契約を維持したまま、別の企業(出向先)で業務を行う形態です。出向先での業務指示には従いますが、雇用契約書上の雇用主はあくまで元企業です。
| 項目 | 在籍出向の状態 |
|---|---|
| 雇用契約 | 元企業との契約が継続 |
| 給与の支払い元 | 元企業(または出向先との按分) |
| 社会保険 | 元企業で継続 |
| 育休申請先 | 元企業(出向元) |
在籍出向の場合、育休権は元企業(出向元)との雇用契約に基づいて発生します。出向先では日常的な業務を行っていても、育休に関する権利義務の中心は元企業にあります。
転籍とは?雇用契約が新しい企業に移るケース
転籍は、元企業との雇用契約を終了させ、新しい企業(転籍先)と新たに雇用契約を結ぶ形態です。実質的には「退職+再雇用」に近い性質を持ちます。
| 項目 | 転籍後の状態 |
|---|---|
| 雇用契約 | 元企業との契約は終了 |
| 給与の支払い元 | 転籍先企業のみ |
| 社会保険 | 転籍先企業で新規加入 |
| 育休申請先 | 転籍先企業 |
転籍後の育休権は、転籍先企業との雇用契約に基づいて新たに発生します。元企業での勤続年数は、一定のルールのもとで通算できますが、権利の発生元はあくまで転籍先企業です。
「形式は出向・実態は転籍」の場合はどう判断するか
実務上、書類上は「出向」とされているにもかかわらず、実態としては転籍に近いケースがあります。厚生労働省の行政指導では、形式的な名称ではなく実態(指揮命令権の所在・給与負担の状況)によって判断するとされています。
転籍と判断されやすいポイント(グレーゾーン事例)
- 元企業が給与を一切負担しておらず、転籍先のみが負担している
- 元企業からの業務指示が実質ゼロで、指揮命令権が転籍先のみにある
- 元企業への報告義務がなく、人事考課も転籍先が単独で行っている
- 出向期間が数年単位で設定されており、実質的に戻る予定がない
上記に複数該当する場合は、形式が「出向」でも実態は転籍と判断される可能性があります。自分の状況が曖昧な場合は、元企業の人事部門や都道府県労働局・ハローワークに相談することをおすすめします。
在籍出向の場合——育休権は「元企業」にある
在籍出向者が育休を取得する場合、申請先・取得要件・出向先への対応の3点を正確に理解しておく必要があります。
育休取得の3つの要件(継続雇用・週20時間・養育予定)
育児・介護休業法第5条第1項に基づき、育休を取得するためには以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。在籍出向の場合、この要件は元企業(出向元)との雇用関係を基準に判断します。
要件①:継続雇用1年以上
出向開始時点で、元企業での雇用期間が1年以上継続していることが必要です。有期雇用労働者の場合、2022年法改正により「1年以上継続雇用」の要件は労使協定がある場合のみ適用されますが、期間の定めのない無期雇用者は原則として1年要件の対象外です。
要件②:週20時間以上の勤務
出向先での実際の勤務時間が週20時間以上であることが必要です(雇用保険の被保険者要件と連動)。出向中も雇用保険は元企業で継続加入しているため、この要件は出向先での勤務実績で確認します。
要件③:子の養育予定がある
出産予定や養子縁組など、育休の対象となる子を実際に養育する予定があることが必要です。
在籍出向者の育休取得チェックリスト
- □ 元企業との雇用契約が現在も継続している
- □ 元企業での継続雇用期間が1年以上
- □ 週20時間以上の勤務実績がある(雇用保険被保険者)
- □ 育休を取得する子の養育予定がある
- □ 有期雇用の場合:育休開始日から6ヶ月後も雇用継続の見込みがある
申請先は「元企業(出向元)」——出向先への事前通告も必要
在籍出向者が育休を取得する際の申請手順は以下のとおりです。
ステップ1:元企業(出向元)に育休取得の意思を伝える
育休の申請先は元企業です。育休開始予定日の原則1ヶ月前まで(出産予定日前後の場合は2週間前まで)に、書面または会社所定の方法で申し出ます。
ステップ2:出向先企業へ事前通告を行う
出向中であるため、出向先の業務に影響が出ます。育休取得の旨を出向先の担当管理職・人事部門にも速やかに連絡し、業務の引き継ぎを進めます。
ステップ3:元企業が育児休業給付金の手続きを行う
育児休業給付金の申請は元企業を経由して、元企業の管轄ハローワークに提出されます。出向中も雇用保険の被保険者番号は元企業に紐づいているため、この流れは変わりません。
在籍出向者への不利益取扱いの禁止
育児・介護休業法第10条により、育休申請を理由とした不利益取扱い(解雇・出向解除・降格など)は禁止されています。出向先企業が「育休を取るなら出向を解除する」と示唆する行為は、同法違反となる可能性があります。
転籍後の場合——育休権は「転籍先企業」での勤続に基づく
転籍後に育休を取得しようとする場合、権利の発生源は転籍先企業との雇用契約です。ただし、元企業での勤続年数を通算できるルールがあるため、転籍直後でも育休を取れるケースがあります。
転籍後1年未満でも育休が取れる「勤続年数通算ルール」
転籍後の育休取得で最大のポイントは、元企業での勤続期間と転籍先企業での勤続期間を通算できることです(育児・介護休業法の解釈・通達に基づく)。
通算が認められる主なケース
| ケース | 判断 |
|---|---|
| グループ企業内での転籍 | 通算されやすい(実態が継続雇用に近い) |
| 企業合併・事業譲渡に伴う転籍 | 通算されることが多い |
| 関係性のない第三者企業への転籍 | 通算されない場合が多い |
転籍直後で勤続1年未満の場合は、元企業での勤続年数が通算されるかどうかを転籍先の人事部門に確認するとともに、不明な場合はハローワークまたは都道府県労働局に照会することを強くおすすめします。
転籍先企業が「育休対象外」を主張する場合の対処法
転籍先企業が中小企業や特定の業種で「うちは育休の対象外だ」と主張するケースがあります。しかし、育児・介護休業法は規模・業種を問わずすべての事業主に適用されます(2005年4月以降)。
「育休対象外」という主張は法的に誤りであるため、以下の対応を取ることができます。
- 育児・介護休業法第5条の適用対象を書面(育休申請書)で確認させる
- 都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に相談する
- ハローワークに育児休業給付金の事前相談を行う
育児休業給付金の計算方法と申請手続き
育休中の生活を支える「育児休業給付金」は、雇用保険から支給されます。出向・転籍いずれのケースでも、給付金の仕組みを正確に把握しておくことが重要です。
給付金の支給額と計算式
育児休業給付金の支給額は、育休開始前の賃金日額を基準に計算されます(雇用保険法第61条の7)。
支給率
| 育休期間 | 支給率 |
|---|---|
| 育休開始から180日目まで | 賃金日額 × 67% |
| 181日目以降 | 賃金日額 × 50% |
賃金日額の計算方法
賃金日額 = 育休開始前6ヶ月間の総賃金 ÷ 180日
計算例
育休前6ヶ月の総賃金:240万円の場合
- 賃金日額 = 240万円 ÷ 180日 = 13,333円
- 育休開始~180日目の月額給付金(目安)= 13,333円 × 67% × 30日 ≒ 268,000円
- 181日目以降の月額給付金(目安)= 13,333円 × 50% × 30日 ≒ 200,000円
2025年度の支給上限・下限額(目安)
| 区分 | 上限額(1日あたり) | 下限額(1日あたり) |
|---|---|---|
| 67%支給期間 | 約15,430円 | 約2,217円 |
| 50%支給期間 | 約11,525円 | 約2,217円 |
※上限・下限額は毎年8月に改定されます。最新額はハローワークまたは厚生労働省のウェブサイトでご確認ください。
在籍出向者の給付金申請手順と必要書類
在籍出向中の育休給付金は、元企業(出向元)を経由してハローワークに申請します。
申請タイミング
– 育休開始から約2ヶ月後(初回申請)
– 以降2ヶ月ごとに支給申請を繰り返す
必要書類一覧
| 書類名 | 取得先 |
|---|---|
| 育児休業給付金支給申請書 | ハローワーク・元企業 |
| 雇用保険被保険者休業開始時賃金月額証明書 | 元企業が作成・提出 |
| 母子健康手帳(子の生年月日確認) | 本人 |
| 育休取得を確認できる書類(育休申請書の写しなど) | 元企業から取得 |
| 出向に関する書類(出向辞令・出向契約書の写し) | 元企業・出向先 |
在籍出向者の場合、「雇用保険被保険者休業開始時賃金月額証明書」は元企業が作成します。出向中の実態的な賃金が出向先負担分も含む場合は、その金額の算入方法をあらかじめ元企業の人事担当者に確認しておきましょう。
転籍後の給付金申請における注意点
転籍後に育休給付金を申請する場合、雇用保険の被保険者資格は転籍先企業で新たに発生しています。ただし、雇用保険の被保険者期間は前の事業所での期間と通算できる場合があります(離職から1年以内の転籍であれば通算可能)。
転籍後の給付金申請チェックポイント
- 転籍先企業で雇用保険に加入しているか確認する
- 転籍前後の賃金月額を転籍先人事に整理してもらう
- 被保険者期間の通算可否を転籍先管轄のハローワークに確認する
- 給付金の申請書類は転籍先企業経由でハローワークに提出する
出向・転籍時の育休権確認——実務で使う判断フロー
以下のフローを使えば、自分が育休を取れるかどうかを素早く判断できます。
育休権確認フローチャート
STEP 1:元企業との雇用契約は現在も継続しているか?
├─ YES → 在籍出向 → STEP 2へ
└─ NO → 転籍 → STEP 3へ
STEP 2(在籍出向):元企業での育休要件を確認
├─ 継続雇用1年以上 かつ
├─ 週20時間以上勤務 かつ
├─ 子の養育予定あり
│ ↓
│ 全て満たす → 元企業に育休申請(出向先にも通告)
└─ 満たさない → 元企業人事またはハローワークに相談
STEP 3(転籍):転籍先での育休要件を確認
├─ 転籍後1年以上:そのまま転籍先に申請
├─ 転籍後1年未満:元企業との通算で1年以上か確認
│ ├─ 通算1年以上 → 転籍先に育休申請
│ └─ 通算1年未満 → ハローワークに相談
└─ 週20時間・養育予定の確認も必要
育休申請時に注意すべき法的保護と企業の義務
不利益取扱いの禁止と申請者の権利
育児・介護休業法第10条は、育休申請・取得を理由とした以下の不利益取扱いを事業主に対して明確に禁止しています。
- 解雇・退職勧奨
- 降格・降給
- 出向・転籍の強要
- 不合理な配置転換
- 有期雇用者の契約更新拒否
在籍出向の場合、出向元・出向先のどちらの企業もこの規定に従う義務があります。出向先企業が「育休を取るなら出向を解除して元の会社に戻す」と告げる行為も、不利益取扱いに該当する可能性があります。
育休申請を拒否された場合の相談窓口
育休申請を不当に拒否された場合や、手続きに関して困ったことがあった場合は、以下の窓口に相談できます。
| 窓口 | 相談内容 | 連絡先 |
|---|---|---|
| 都道府県労働局 雇用環境・均等部(室) | 育休権の確認・紛争調停 | 各都道府県の労働局 |
| ハローワーク(公共職業安定所) | 給付金・雇用保険の相談 | 居住地または事業所管轄のハローワーク |
| 労働基準監督署 | 労働契約・就業規則の確認 | 事業所所在地の監督署 |
| 労働相談ホットライン(厚労省) | 電話での一次相談 | 0120-811-610(無料) |
出向・転籍での育休取得で不安なことがあれば、躊躇なく公的相談窓口を活用してください。これらのサービスは労働者のために無料で提供されています。
よくある質問
Q1. 出向中に妊娠しました。育休申請はいつまでに行う必要がありますか?
育休の申請は、育休開始予定日の原則1ヶ月前までに元企業(出向元)に対して行う必要があります。出産予定日が確定次第、早めに元企業の人事担当者に連絡を入れましょう。出産前の産前休業(出産予定日の6週間前から)については、本人の請求によって取得できます。産休・育休の取得スケジュールを元企業・出向先の両方と早期に共有することが、スムーズな引き継ぎにつながります。
Q2. 転籍してまだ半年ですが、育休給付金は受け取れますか?
転籍前の元企業での雇用保険被保険者期間と通算できる可能性があります。ただし、通算が認められるには「離職から1年以内の転籍であること」など条件があります。転籍先管轄のハローワークに被保険者期間の通算について確認することをおすすめします。育休給付金の受給には、育休開始前の2年間に雇用保険の被保険者期間が通算12ヶ月以上あることが必要です(うち11日以上勤務した月が12ヶ月)。
Q3. 出向先企業が「うちでは育休は取れない」と言っています。どうすればいいですか?
在籍出向の場合、育休の申請先は元企業(出向元)であり、出向先企業に申請する必要はありません。出向先の発言は法的に意味を持たないケースが多いです。まず元企業の人事部門に状況を共有し、育休申請の手続きを進めてください。もし元企業も応じない場合は、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に相談することができます。
Q4. 出向中の育休取得後、復職先はどちらの企業になりますか?
原則として、元企業(出向元)への復職となります。ただし、育休中に出向契約が終了するケースや、出向先企業への正式採用が予定されているケースなど、個別の状況によって異なります。復職先に関しては、育休申請時に元企業の人事部門と書面で確認・合意しておくことを強くおすすめします。
Q5. 育休給付金の申請を自分でハローワークに行うことはできますか?
育休給付金の申請は、原則として事業主(元企業または転籍先企業)を通じてハローワークに行います。ただし、事業主が申請を行わない場合や、やむを得ない事情がある場合は、労働者本人が直接申請することも可能です(雇用保険法施行規則第101条の19)。その際は、管轄ハローワークに事前相談のうえ、必要書類の準備を進めてください。
まとめ
出向・転籍先での育休権は、「在籍出向か転籍か」という雇用契約の所在によって、申請先・要件・給付金の手続きがすべて変わります。
確認すべき3つのポイント
- 雇用契約の所在を確認する:元企業との雇用契約が継続しているかどうかが、すべての出発点
- 要件を元企業・転籍先それぞれで確認する:継続雇用1年・週20時間・養育予定の3要件
- 申請は早めに・書面で行う:育休開始1ヶ月前を目安に、元企業または転籍先の人事部門へ
出向・転籍という複雑な状況であっても、育児・介護休業法はすべての労働者に平等に適用されます。「自分の職場では育休が取れないのでは」と不安を感じた場合でも、まずはハローワークや都道府県労働局に相談することで、正確な情報を得られます。育休権は守られた権利です——正確な知識をもって、安心して取得手続きを進めてください。

