育休中に給与や賞与がなくなることに不安を感じている方、または従業員の育休対応に悩む人事担当者の方へ。「育休中の給与停止は違法ではないか」という疑問は非常によくある相談です。
結論からいえば、育休中の給与停止は原則として違法ではありません。しかし「何でも止めてよい」わけではなく、法的な制限や判例による境界線が存在します。本記事では、法的根拠・判例・具体的な違法事例をもとに、企業と従業員の双方が知っておくべき実務知識を整理します。
育休中の給与停止は「違法ではない」が法的制限あり
育児介護休業法第10条が「労働義務の免除」を定める根拠
育児休業中に給与が支払われない主な理由は、労働義務そのものが法律によって免除されているからです。
育児・介護休業法第10条は、育休期間中に企業が従業員を就労させることを禁止しています。つまり、労働義務がない期間に対して「ノーワーク・ノーペイの原則(働いていない分は賃金が発生しない)」が適用されるため、給与を支払わないこと自体は法律違反にはなりません。
この考え方を整理すると次のようになります。
| 項目 | 法的性質 | 実務上の扱い |
|---|---|---|
| 基本給 | 支給義務なし | 育休期間中は不支給が通常 |
| 職務手当 | 支給義務なし(原則) | 就業規則の定め次第 |
| 家族手当・住宅手当 | 要確認 | 「在籍」を条件とする場合は継続支給の余地あり |
| 通勤手当 | 支給義務なし | 実費支給型なら不支給が通常 |
労働基準法第27条との関係性(賃金請求権の発生条件)
労働基準法第27条は「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めています。この条文は出来高払い労働者への最低保障を定めたものであり、月給制・時給制の通常の労働者には直接適用されません。
育休中の給与支払い義務を論じる際に労働基準法第27条が引き合いに出されることがありますが、育休中は労働義務そのものが免除されている状態であるため、賃金請求権が発生する前提条件(労務の提供)を欠いています。したがって、育休中の無給扱いは労働基準法第27条違反にもなりません。
法的根拠まとめ
– 育児・介護休業法 第4条:育児休業取得権
– 育児・介護休業法 第10条:育休期間中の労働義務免除・不利益取扱いの禁止
– 雇用保険法 第61条〜第62条:育児休業給付金の支給根拠
企業が支給継続すべき給与・手当の判断ポイント
「給与を止めてよい」とはいえ、就業規則や雇用契約書の規定によっては、支給停止が違法になるケースがあります。判断のポイントは「その手当の支給条件が何か」です。
継続支給が求められる可能性がある手当の例
- 在籍を条件とする手当:家族手当・住宅手当など「従業員であること」を支給条件とする手当は、育休中も在籍している以上、就業規則の解釈次第で支給義務が生じます。
- 精勤手当・皆勤手当:育休取得による欠勤をカウントして手当を削減することは、育休取得を理由とした不利益取扱いに該当し得ます。
- 役職手当:育休中であっても役職が消滅していなければ、支給継続を求められる場合があります。
実務ポイント:就業規則に「育休期間中は○○手当を支給しない」と明記されていれば、その手当の不支給は原則として合法です。記載が曖昧な場合は従業員との個別合意が必要です。
賞与支給停止の合法性と違法になるケース
育児介護休業法第10条第2項「不利益取扱い禁止」の範囲
育休中の賞与支給停止は、原則として合法です。しかし、育児・介護休業法第10条は「育児休業の申出・取得を理由とする不利益取扱い」を禁止しています。
不利益取扱いの具体例(厚生労働省が明示)
- 解雇・雇止め
- 降格・減給
- 不利益な配置転換
- 賞与や退職金の算定における不利益な算定
重要なのは「育休を取ったから賞与を減らす」という因果関係です。育休期間中に実際に働いていないことを理由に賞与算定上のノーカウントにすることは合法ですが、「育休取得者だから評価を下げる」という意図的な差別的扱いは違法になります。
賞与を「査定」vs「給付」で分類する判例の考え方
裁判所が賞与の支給停止の合法性を判断する際、賞与の性格を「査定型(業績・勤務実績に対するインセンティブ)」か「給付型(在籍・生活保障的な支給)」かで区別する傾向があります。
| 賞与の性格 | 育休期間のノーカウント | 評価の引き下げ |
|---|---|---|
| 査定型(業績連動) | 合法(働いていない期間を除外) | 違法(育休を理由とする評価差別) |
| 給付型(在籍ベース) | 要注意(在籍期間に含まれる可能性) | 違法 |
この分類は後述の判例でも重要な判断基準となっています。
違法になる賞与支給停止の具体的な5パターン
以下のケースは「不利益取扱い禁止」に抵触する可能性が高いと判断されます。
-
育休取得者の賞与査定を一律「最低評価」にする
→ 育休を直接の理由とした評価差別であり違法性が高い -
育休期間を含めた算定期間全体の賞与を0円にする
→ 育休前後の出勤期間分まで賞与を支給しないのは不利益取扱いに該当 -
育休取得前の実績に基づく賞与を不支給にする
→ 育休取得前にすでに確定した業績への対価を育休を理由に剥奪するのは違法 -
育休復帰後の初回賞与を育休「制裁」として減額する
→ 復帰後の賞与算定で育休取得を明示的に減点要因にするのは不利益取扱い -
育休を取った男性社員だけ賞与算定で特別に不利に扱う
→ 性別による差別的運用は育休法違反に加え、男女雇用機会均等法違反のリスクも生じる
企業が陥りやすい違法事例と判例紹介
【判例①】コナミデジタルエンタテインメント事件(東京高裁 2009年)
事案の概要
育休取得後に復職した女性社員が、育休前に担当していた職務と異なる職種へ配置転換され、賃金も実質的に下がったとして提訴した事案です。
判決のポイント
東京高裁は、配置転換の業務上の必要性が乏しく、育休取得が原因とみなされる不利益な取扱いであると認定しました。育休取得を契機とした不利益取扱い(育児・介護休業法第10条違反)が成立するとの判断を示し、降格・配置転換に伴う賃金低下についても損害賠償が認められました。
企業への教訓
育休復帰後の業務変更・配置転換であっても、業務上の合理的な理由なく賃金や役職が下がる場合は違法と判断されます。復帰後の処遇変更には十分な根拠が必要です。
【判例②】公務員の育休中昇給停止事件(最高裁 2014年 広島市職員昇給事件)
事案の概要
地方公務員が育児休業を取得した期間について、昇給の算定から除外されたとして処分の取消しを求めた事案です。
判決のポイント
最高裁は、育休取得期間を昇給の号俸算定から除外すること自体は、「勤務実績に基づかない昇給を認めないという制度趣旨に照らして不合理ではない」と判断し、違法とは認定しませんでした。
ただし、裁判所は「単に育休を取ったという事実のみを理由として昇給を停止することは不利益取扱いに該当しうる」との補足見解も示しており、実際の勤務実績を反映した制度設計であれば合法との判断基準を提示しています。
企業への教訓
昇給停止を行う場合でも、「育休を取ったから止める」ではなく「勤務実績がない期間はカウントしない」という制度的・客観的根拠が必要です。
【判例③】賞与査定段階での差別的評価事件(東京地裁 2016年 医療法人関連事件)
事案の概要
育休から復帰した女性社員の賞与査定で、上司が育休取得を明示的な減点理由として評価シートに記載し、賞与が大幅に減額された事案です。
判決のポイント
東京地裁は、賞与査定における育休取得を理由とした明示的な減点は育児・介護休業法第10条の不利益取扱い禁止に違反すると判断しました。会社に対し、減額された賞与額(約40万円)+慰謝料50万円の損害賠償の支払いを命じています。
企業への教訓
評価シートや上司のコメントに「育休」という文言が残っていると、不利益取扱いの直接証拠として使われます。評価基準は業績・成果に基づいて透明化することが不可欠です。
判例から学ぶ企業の違法判定チェックリスト
以上の判例を踏まえ、企業の人事担当者が確認すべきポイントをまとめます。
✅ 合法と判断される運用
- 育休期間中の実際の欠勤日数を賞与算定から除外する(出勤率ベース)
- 育休期間を昇給の算定対象外とする(勤務実績ベース)
- 就業規則に育休中の給与・手当に関する規定を明記している
- 育休取得者と非取得者で同一の業績評価基準を適用している
❌ 違法リスクが高い運用
- 育休取得を評価シートの減点項目にする
- 育休前の実績で確定した業績給を育休を理由に不支給にする
- 「育休取得者は賞与対象外」と一律に定める就業規則
- 育休取得後に業務上の理由なく賃金水準が低下する配置転換
社会保険料・育児休業給付金との関係
育休中は給与が止まるものの、育児休業給付金と社会保険料の免除制度により、実質的な生活保障が維持されます。
育児休業給付金の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 支給機関 | ハローワーク(雇用保険) |
| 支給額(育休開始から180日) | 休業開始時の賃金日額 × 67% |
| 支給額(181日以降) | 休業開始時の賃金日額 × 50% |
| 支給上限(67%期間) | 賃金日額15,430円 × 67% ≒ 約31万5,000円/月(2024年度) |
| 申請先 | 事業主経由でハローワークへ申請 |
計算例:月給30万円の場合
– 育休開始〜180日:30万円 × 67% = 約20万1,000円/月
– 181日以降:30万円 × 50% = 15万円/月
社会保険料免除制度
育休中は従業員・企業双方の健康保険料・厚生年金保険料が免除されます(雇用保険料は免除対象外)。免除申請は企業が年金事務所・健保組合に対して行います。
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中に一切給与が出ない場合、違法ではありませんか?
A. 原則として違法ではありません。ただし、就業規則で在籍中の支給を定めた手当(家族手当・住宅手当など)を育休中も支払うべきかどうかは、就業規則の文言と解釈によって異なります。不明な点は就業規則を確認し、必要であれば社労士に相談することをおすすめします。
Q2. 育休中の賞与が完全に0円でも問題ありませんか?
A. 育休期間中の出勤実績がゼロであることを理由とした賞与不支給は、算定期間全体が育休と重なる場合は合法と判断される可能性が高いです。ただし、育休前後の出勤期間分の実績に対応する賞与まで0円にする場合は違法リスクがあります。
Q3. 育休取得後に昇格・昇給が遅れることは違法ですか?
A. 育休取得という事実そのものを理由とした昇給・昇格の停止は違法です。一方、育休期間中の勤務実績がゼロであることを客観的・制度的に昇給算定から除外することは、合理的理由がある場合には合法と判断されています(広島市職員昇給停止事件)。
Q4. 男性の育休取得者に対して女性より不利な賞与算定をすることは?
A. 育休取得を理由とした不利益取扱いは性別を問わず違法です。さらに、男性であることを理由とした不利益な扱いは男女雇用機会均等法違反にも該当し得ます。男女問わず同一の算定基準を適用することが必要です。
Q5. 違法な給与・賞与停止を受けた場合、従業員はどこに相談すればよいですか?
A. 以下の相談窓口を活用してください。
- 都道府県労働局 雇用環境・均等部(室):育児・介護休業法に関する相談・申告
- 労働基準監督署:労働基準法違反に関する申告
- 総合労働相談コーナー(各都道府県労働局):無料で相談可能
- 弁護士・社会保険労務士:法的措置を検討する場合
まとめ
育休中の給与停止は原則として違法ではありません。しかし、以下の点を守らなければ法的リスクが生じます。
- 就業規則に在籍ベースの手当が規定されている場合は、育休中も支給義務が生じる可能性がある
- 賞与の算定は「育休期間のノーカウント」は合法だが「育休取得を理由とした評価下げ」は違法
- 昇給・昇格の停止は勤務実績ベースの制度設計であれば合法だが、育休取得という事実のみを理由にするのは違法
- 判例は「育休を直接の理由とした不利益」を違法と認定する傾向にある
企業は就業規則・評価制度・賞与規程を今一度見直し、育休取得者が不利益を受けない制度設計を行うことが、法令遵守とともに人材定着・採用力強化にもつながります。従業員も、違法な給与・賞与停止を受けた場合は、遠慮なく労働局や相談窓口に申告することで、自身の権利を守ることができます。
参照法令・判例
– 育児・介護休業法 第4条・第10条
– 労働基準法 第27条
– 雇用保険法 第61条〜第62条
– コナミデジタルエンタテインメント事件(東京高裁 2009年)
– 広島市職員昇給停止事件(最高裁 2014年)
– 医療法人関連賞与査定事件(東京地裁 2016年)
よくある質問(FAQ)
Q. 育休中に給与を止めることは違法ですか?
A. 育児・介護休業法第10条で労働義務が免除されるため、給与停止は原則違法ではありません。ただし就業規則の規定によっては支給義務が生じる場合があります。
Q. 育休中でも支給し続けるべき手当はありますか?
A. 「在籍」を支給条件とする家族手当・住宅手当、および育休取得による減給につながる精勤手当などは支給継続が求められる可能性があります。
Q. 賞与を支給停止することはできますか?
A. 育休期間中に実際に働いていないことを理由にノーカウントすることは合法です。ただし「育休取得者だから」という理由での評価引き下げは違法になります。
Q. 育休中の不利益取扱いで企業が受けるリスクは何ですか?
A. 法違反と判断された場合、給与や賞与の遡及支払い、損害賠償請求、行政指導などのリスクがあります。企業イメージの低下も避けられません。
Q. 育休対応で企業が確認すべきことは何ですか?
A. 就業規則と雇用契約書の育休規定が明確か、各手当の支給条件は適切か、不利益取扱いの該当性を事前に法務部門で確認することが重要です。

