育児一時金で育休申請却下は違法【企業担当者が知るべき法的リスク】

育児一時金で育休申請却下は違法【企業担当者が知るべき法的リスク】 企業の育休対応

育休を申請した従業員に対して「育児一時金があるから育休は必要ない」「一時金で対応できる」などと説明して申請を却下する企業があります。しかしこれは、育児・介護休業法の重大な違反です。

育児一時金と育児休業給付金は、法的性質も目的もまったく異なる別の制度です。一方の存在をもって他方の権利を否定することは、法律的に許されません。

本記事では、企業の人事担当者と育休取得を検討している労働者の双方に向けて、この違法性の根拠・企業が負うリスク・正しい対応方法をわかりやすく解説します。


【結論】育児一時金での育休申請却下は違法です

結論から明確にします。企業が「育児一時金で対応するから育休は認めない」と却下することは、育児・介護休業法第5条に違反する違法行為です。

育児・介護休業法第5条は、一定の要件を満たす労働者に対して育児休業の「請求権」を保障しています。これは会社が恩恵的に与える任意の制度ではなく、労働者が法律によって保護された権利です。企業側には、法定の除外事由に該当しない限り、申請を拒否する権限がありません。

【育児・介護休業法第5条の権利性】
┌────────────────────────────────────────┐
│ 育児休業は「請求権」であり、会社の任意的給付ではない │
│                                              │
│ × 「給付金で対応するから育休は認めない」(違法)    │
│ ○ 「育休を認めて、雇用保険給付を適正に手続きする」  │
└────────────────────────────────────────┘

「育児一時金があるから問題ない」という主張は、制度の根本的な誤解に基づいています。そもそも育児一時金と育休は、法律上まったく異なる根拠と目的を持つ制度であり、一方が他方を代替することは制度設計上あり得ません。


育児一時金と育児休業給付金の法的性質は全く異なる

育児一時金(出産育児一時金)の本来の目的

「育児一時金」と呼ばれることもある出産育児一時金は、健康保険法に基づく健康保険給付です。出産に伴う入院・分娩費用という高額な医療費の負担を軽減するために支給されます。

項目 内容
法的根拠 健康保険法第101条
支給主体 健康保険組合・協会けんぽ
支給額 原則1児につき50万円(産科医療補償制度加算分含む)
支給対象 妊娠85日(4ヶ月)以上の出産
支給時期 出産後、または直接支払制度により出産前
目的 出産・入院費用の補助(医療費負担の軽減)

出産育児一時金は「出産という医療行為にかかる費用」をカバーするものです。支払いは原則として医療機関に直接支払われる「直接支払制度」が広く活用されており、分娩費用と相殺される形で処理されます。

つまり、出産育児一時金は育児期間中の生活費や所得を補償するものではなく、出産そのものにかかる医療費を補助するための制度です。

育児休業給付金の本来の目的

一方、育児休業給付金は雇用保険法第61条の2に基づく雇用保険給付です。育児休業を取得した労働者が、休業中も一定の収入を確保できるよう所得補償することが目的です。

項目 内容
法的根拠 雇用保険法第61条の2
支給主体 ハローワーク(公共職業安定所)
支給額 休業開始時賃金月額の67%(休業開始から180日間)、以降50%
支給期間 子が1歳になるまで(条件により最長2歳まで延長可)
申請窓口 事業主を通じてハローワークに申請
目的 育児期間中の所得補償

2025年4月からは「育児休業給付の給付率引き上げ」も段階的に実施されており、最大で実質給与の手取りの約8割相当の給付を受けられるよう制度が整備されつつあります。

なぜ「一時金で対応」では違法なのか

2つの制度を比較すれば、代替関係がまったく成立しないことは明らかです。

比較項目 出産育児一時金 育児休業給付金
法的性質 健康保険給付(医療費補助) 雇用保険給付(所得補償)
目的 出産・分娩費用の補助 育休中の生活費・所得の補償
支給額 50万円(一回限り) 月額給与の67〜50%を最長2年間
支給期間 出産時に一度のみ 育休取得期間中、継続的に支給
手続き主体 健康保険組合・協会けんぽ ハローワーク経由

出産育児一時金は出産の翌日には事実上使い切られる費用に充当されます。一方、育児休業給付金は育休中の数ヶ月〜1年以上にわたる生活を支える所得補償です。金額も性質も、まったく異なります。

企業が「育児一時金がある」という理由で育休申請を拒否することは、「交通費が支給されているから給与は払わない」と主張するに等しい暴論であり、法律が個別に定めた権利を別の給付の存在で消滅させようとする違法行為にほかなりません。


企業が育休を拒否できる唯一の法定事由

育児・介護休業法第6条は、企業が育休申請を拒否できる場合を厳格に限定しています。それ以外の理由による却下はすべて違法です。

法定の除外事由(3つのみ)

【育児・介護休業法第6条の除外事由】
┌────────────────────────────────────────┐
│ 1. 入社1年未満の労働者                     │
│ 2. 申請日前の1年間に、月11日以上就業した月が │
│    10ヶ月未満の労働者                       │
│ 3. 申請日から93日以内に雇用期間が終了する予定│
│    の労働者(有期雇用者)                    │
│                                              │
│ ※「給付金で対応できる」は除外事由に該当しない│
└────────────────────────────────────────┘

なお、これらの除外事由を就業規則や労使協定で定めることが必要であり、何も定めていない状態で口頭で「入社1年未満だから」と拒否することも手続き上の問題を生じさせる場合があります。

除外事由に該当しない「よくある誤った却下理由」

以下のような理由による却下は、すべて違法です。

誤った却下理由 違法性
「育児一時金があるから不要」 法第5条・第6条違反(除外事由に非該当)
「繁忙期だから認められない」 取得開始時期の変更は可能だが拒否は不可
「職場が困る」「人手が足りない」 法定権利の否定、違法
「パートだから対象外」 雇用形態による差別は不可(均等待遇)
「男性には必要ない」 性別による差別、育児・介護休業法・労基法違反
「試用期間中だから認めない」 試用期間は法定除外事由に含まれない

特に「男性には必要ない」という対応は、育児・介護休業法違反に加え、労働基準法第3条(均等待遇)・第4条(女性差別禁止)の趣旨にも反します。


育休申請の正しい手続きと必要書類

違法な却下を防ぐためにも、企業・労働者双方が正しい手続きを理解しておくことが重要です。

労働者側の申請手続き

ステップ1:申請書類の準備

必要書類 内容
育児休業申出書 休業開始日・終了予定日・子の氏名・生年月日を記載
子の出生証明書(写し) 出生届受理証明書・母子手帳の出生記録など
住民票(必要に応じて) 子との続柄を証明するため

ステップ2:申請タイミング

  • 育休開始予定日の1ヶ月前までに申し出ること(育児・介護休業法第5条第3項)
  • 出生後8週間以内の出生時育児休業(いわゆる「産後パパ育休」)は2週間前までに申し出ること

ステップ3:育児休業給付金の申請

育児休業給付金は事業主を通じてハローワークに申請します。労働者が直接申請することも可能ですが、通常は会社の人事・総務担当者が代行します。

申請書類 備考
育児休業給付受給資格確認票・育児休業給付金支給申請書 ハローワーク所定様式
賃金台帳・出勤簿 直近6ヶ月分
母子手帳(写し)または出生届(写し) 子の出生確認
育児休業申出書(写し) 会社への申出を証明

申請は育休開始から4ヶ月後の月末までに初回申請を行い、以後2ヶ月ごとに継続申請します。申請が遅れると給付が滞るため、人事担当者はスケジュール管理を徹底する必要があります。

企業側の対応義務

企業には、育休申請を受けた後に以下の対応義務があります。

  1. 育休の承認と書面での通知:申請を受理し、育休期間を書面で確認する
  2. 社会保険の手続き:育休中の社会保険料免除申請(日本年金機構)
  3. ハローワークへの給付金申請の代行:速やかに手続きを進める
  4. 職場復帰後の原職復帰または同等ポストへの配置:不利益な異動・降格は不可

違法な育休拒否に対する罰則と企業リスク

行政上の罰則

育児・介護休業法に基づく主な罰則・制裁は以下のとおりです。

違反内容 対応措置
育休申請の違法な却下 都道府県労働局による行政指導・勧告
勧告に従わない場合 企業名の公表(育児・介護休業法第56条の2)
虚偽の報告・報告拒否 20万円以下の過料
不利益取扱い(降格・解雇等) 民事上の損害賠償責任(不法行為)

2022年の育児・介護休業法改正により、育休取得に関するハラスメント(マタハラ・パタハラ)の防止措置義務が強化されており、企業は防止のための研修実施・相談窓口設置が義務づけられています。

民事上のリスク

違法な却下を行った場合、労働者から以下の法的手段が取られるリスクがあります。

  • 育休取得の確認を求める仮処分・訴訟
  • 育休中に受け取れたはずの給付金相当額の損害賠償請求
  • 慰謝料請求(精神的損害)
  • ハローワーク・労働局への申告による立入調査・是正勧告

近年は育休ハラスメントに関する訴訟・ADR(労働紛争解決手続き)が増加しており、企業名が公表されるケースも出ています。採用活動や企業ブランドへの影響は計り知れません。


育休申請を却下された労働者が取るべき行動

もし「育児一時金があるから」という理由で育休申請を却下された場合、以下のステップで対応してください。

ステップ1:却下の内容を記録する

却下された日時・担当者名・発言内容をメモに残してください。メールや書面での却下であれば保存しておきましょう。口頭で却下された場合も、内容を文書化しておくことが重要です。

ステップ2:育休申請書を書面で提出する

口頭ではなく、書面(育児休業申出書)で正式に申請してください。会社が様式を提供しない場合は厚生労働省のモデル様式を使用できます。提出の際はコピーを取り、受領印をもらうか、配達記録付き郵便を利用してください。

ステップ3:社内の相談窓口・上位管理者に相談する

直属の上司が却下した場合は、人事部・コンプライアンス担当に相談してください。

ステップ4:外部機関に相談する

社内での解決が困難な場合は以下の機関に相談できます。

相談窓口 連絡先・内容
都道府県労働局 雇用環境・均等部(室) 育児・介護休業法に関する行政相談・あっせん
ハローワーク(公共職業安定所) 給付金に関する相談
労働基準監督署 労働基準法違反の申告
みんなの人権110番(法務局) 0570-003-110
総合労働相談コーナー 労働局内、予約不要で相談可能

相談は無料であり、企業への調査・指導につながる場合があります。


企業の人事担当者が今すぐ確認すべきこと

違法な対応を防ぐために、企業の人事担当者は以下の点を自社でチェックしてください。

チェックリスト

  • [ ] 育児休業取得の申請窓口・手続きが社内で明確に周知されているか
  • [ ] 管理職が「育休を拒否できる場合の条件」を正確に理解しているか
  • [ ] 育休ハラスメント防止のための研修を実施しているか
  • [ ] 社内に相談窓口が設置・周知されているか
  • [ ] 育児休業給付金の申請手続きを人事部がスムーズに進められる体制があるか
  • [ ] 就業規則に育休制度の条項が適切に記載されているか

特に中小企業では、制度への理解不足から悪意なく違法対応をしてしまうケースがあります。「知らなかった」では済まされないのが法律です。定期的に社会保険労務士や弁護士に制度確認を依頼することをお勧めします。


よくある質問(FAQ)

Q1. 「育児一時金が出るから育休は取れない」と言われましたが、本当に取れないのですか?

いいえ、取れます。育児一時金(出産育児一時金)は出産・分娩費用の補助であり、育休取得の可否とはまったく関係がありません。一定の要件を満たしていれば、法律上の権利として育休を取得できます。会社が「一時金があるから不要」と主張するのは違法です。

Q2. パートタイムや契約社員でも育休は取れますか?

はい、取得できます。雇用形態(正社員・パート・契約社員・派遣社員など)に関わらず、入社1年以上・月11日以上就業した月が10ヶ月以上あるなどの要件を満たせば育休を申請できます。「正社員しか育休は取れない」は誤りです。

Q3. 育休申請を却下されたとき、証拠として何を残せばよいですか?

却下された日時・担当者・発言内容をメモしてください。メール・LINEでのやり取りは保存し、書面での申請とその受領証を確保することが重要です。口頭で「取れない」と言われた場合も、その後すぐに記録を文書化してください。

Q4. 男性が育休を申請したら「男性は必要ない」と言われました。これも違法ですか?

違法です。育児・介護休業法は性別を問わず育休取得を保障しており、男性を理由に却下することは同法違反であり、労働基準法の均等待遇原則にも反します。近年は「パタハラ(パタニティハラスメント)」として法的問題になるケースが増えています。

Q5. 企業が育休申請を却下した場合、どこに相談すればよいですか?

都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)が窓口です。行政指導・あっせんなどを通じて解決を求めることができます。また、総合労働相談コーナー(全国の労働局・労基署内に設置)でも相談可能です。いずれも無料で利用できます。

Q6. 育休中の社会保険料はどうなりますか?

育休取得中は、事業主が申請することで健康保険料・厚生年金保険料が免除されます(労使双方の負担分が免除)。免除期間中も年金受給額には影響しません。手続きは日本年金機構(管轄の年金事務所)への申請で行います。


育休申請却下と企業の今後の対応

企業が育休申請を違法に拒否した場合の対応は迅速性が求められます。「育児一時金で対応する」といった対応をした場合、直ちに以下の措置を講じてください。

即座に講じるべき措置

  1. 過去の対応を精査する:同様の理由で却下した事例がないか確認
  2. 該当労働者への謝罪と対応方針の提示:育休申請を認める旨を書面で通知
  3. 管理職への法律教育:育児・介護休業法の正確な理解を徹底
  4. 就業規則・制度説明資料の見直し:誤った説明がないかチェック
  5. 弁護士・社会保険労務士への相談:今後のリスク軽減策を検討

違法対応が明るみに出た場合、対応の迅速さと誠実さが企業イメージの回復を左右します。同時に、二度と同様の違反が起きないよう社内体制を整備することが、長期的な企業価値の保護につながります。


まとめ

育児一時金(出産育児一時金)での育休申請却下は、育児・介護休業法第5条に違反する明確な違法行為です。

  • 出産育児一時金は医療費補助(健康保険給付)であり、育休中の所得補償とはまったく別物
  • 育児休業給付金は所得補償(雇用保険給付)であり、育休取得の権利とセットで機能する
  • 企業が育休を拒否できるのは、法定の除外事由(入社1年未満など)に限られる
  • 「給付金で対応できる」は除外事由にあたらず、違法な却下に該当する
  • 違反した企業は行政指導・企業名公表・損害賠償リスクを負う

育休は労働者の法定権利です。企業は正しい制度理解のもとで対応し、労働者は自分の権利を正確に知って行動することが、双方にとって最善の結果につながります。制度への疑問は、都道府県労働局や社会保険労務士に相談してください。

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