育休中に「やっぱり退職したい」と思い始めたとき、多くの方が最初に心配するのが「これまで受け取った給付金を返さなければならないのか?」という点です。
結論からいえば、育休中に自己都合退職しても、すでに受け取った給付金の返納義務は原則として発生しません。ただし、特定の条件下では返納が求められるケースがあるため、手続きのタイミングや申告内容には十分な注意が必要です。
この記事では、育休中に辞める場合の給付金返納義務について、返納が不要な理由・法的根拠から、返納が必要になる5つの例外ケース、退職時の手続き流れ、ハローワークへの申請方法まで、実務に即した形で丁寧に解説します。
育休中の退職と給付金返納【基本ルール】
給付金返納義務が発生しない理由
育児休業給付金(以下「給付金」)は、雇用保険の制度に基づき、育休取得中に月単位で支給される給付です。ひと月分の育休実績が認定されるたびに、その分の給付金が支払われる仕組みになっています。
「退職 = 給付金を返さなければならない」というイメージを持つ方は多いのですが、これは誤りです。すでに認定・支給された給付金は、退職という事後的な事情によって返納義務が生じるようには設計されていません。
なぜなら、給付金は「育休を取得した期間に対する補償」として支払われるものだからです。給付を受けた時点で、その期間の育休取得要件(雇用保険加入・無給要件・子どもの監護等)をすでに満たしており、支払いは正当に完了しています。退職はあくまで「その後の出来事」であり、過去の受給実績を遡及して否定する根拠にはなりません。
また、育休制度の政策的な目的は労働者が安心して子育てをできる環境の整備にあります。「退職したら返納を求める」とすれば、労働者が給付金の返納リスクを恐れて退職の自由すら制限されてしまいます。こうした萎縮効果を防ぐため、返納義務は原則として課されていないのです。
法的根拠(育児・介護休業法と雇用保険法)
返納が原則不要である根拠は、複数の法律・通知によって裏付けられています。
育児・介護休業法では、育児休業給付の条件として「育休期間中に雇用契約が存続していること」が要件とされています(同法第66条)。退職は育休終了後または育休中に行われますが、給付が行われた時点での雇用契約の存在が条件であるため、退職そのものは返納義務を発生させません。
雇用保険法第104条は、不正受給や資格喪失後の給付などを対象とした返納規定を定めています。ここで重要なのは、「返納義務が生じるのはあくまで不正受給や認定要件の事後的な欠如が判明した場合に限られる」という点です。適正に受給された給付金は、この条文の射程には含まれません。
厚生労働省が公表している「育児休業給付に関するQ&A」においても、育休中または育休終了後に退職した場合の返納義務は原則ないことが明確に示されています。
なお、給付金の返納義務が問われる場面は次のセクションで詳しく述べる「例外ケース」に限られます。それ以外の通常の退職(自己都合・会社都合を問わず)では、受け取り済みの給付金はそのまま保持できます。
返納義務が発生する5つの例外ケース
原則は返納不要ですが、以下の5つのケースでは返納が求められます。それぞれの内容を正確に把握しておきましょう。
| ケース | 返納義務 | 主な理由 |
|---|---|---|
| ①育休中に一定額以上の給与を受け取りながら給付も受けた | あり | 無給要件への違反 |
| ②虚偽申告・不正受給に該当する | あり | 支給根拠の消滅 |
| ③育休認定が後から取り消された | あり | 遡及的な要件欠如 |
| ④雇用契約が育休中に解除(会社都合含む)された後に給付が支払われた | あり | 雇用契約不存在 |
| ⑤給付認定期間後に事後的に支給された給付が条件不充足と判明した | あり | 支給根拠の事後消滅 |
ケース①:給与をもらいながら給付を受けていた場合
育児休業給付金には「無給または低賃金であること」という受給要件があります。具体的には、育休中に会社から支払われた賃金が休業開始前の月額賃金の80%以上になると、その月の給付金はゼロになります。
給付金の支給額は以下のように段階的に設定されています。
- 育休開始から180日目まで:休業開始前賃金日額 × 支給日数 × 67%
- 181日目以降:休業開始前賃金日額 × 支給日数 × 50%
会社から育休中に給与が支払われている場合、その額と給付金の合計が休業前賃金の80%を超えると給付額が減額・ゼロになります。この計算を知らずに申告せず、結果として給付金を過剰に受け取っていた場合は返納義務が生じます。
たとえば、月額賃金が30万円の方が育休中に会社から月10万円の手当を受け取っており、それを申告せずに給付金(67%の場合、約20万1,000円)を満額受け取っていたとすると、本来給付金はゼロになるべきケースで不正受給となる可能性があります。
育休中に会社から何らかの報酬・賃金の支払いがある場合は、必ずハローワークへの申告が必要です。
ケース②:虚偽申告・不正受給に該当する場合
育児休業給付の受給要件には「子どもを監護していること(常に養育・同居している状態)」が含まれます。以下のような虚偽申告が発覚した場合は、不正受給として返納が求められます。
- 子どもを実際には養育していないにもかかわらず給付を申請した
- 子どもの生年月日や存在について虚偽の申告を行った
- 別居状態で子どもの監護を行っていない期間に申請を継続した
- 育休を取得していない(実際は就労していた)のに申請を行った
不正受給が発覚した場合のペナルティは非常に重く、雇用保険法第10条の4第2項の規定により、返還すべき給付金の2倍相当の「徴収金」が別途課される場合があります。つまり、不正に受け取った額の最大3倍の支払いを求められる可能性があります。
さらに悪質なケースでは、詐欺罪(刑法第246条)として刑事罰(懲役10年以下)の対象になる可能性もあります。不正受給は「ばれなければよい」という問題ではなく、雇用保険の審査や企業の申告内容との突合で後から発覚するリスクがあります。
ケース③:育休認定が後で取り消された場合
育休の認定は、原則として2か月に1回の支給申請のたびに審査・認定が行われています。しかし、認定後に要件を満たしていなかったことが判明した場合、認定が取り消され、その月の給付金の返納が求められることがあります。
認定取消が生じる主な理由としては以下が挙げられます。
- 育休中に就業日数が月10日(または80時間)を超えていたことが判明した
- 子どもが死亡・施設入所などにより監護実態がなくなった
- 育休の申請書類に誤りがあり、受給資格そのものが認められなかった
認定取消の通知はハローワークから書面で届きます。通知を受け取った場合は、60日以内に審査請求(不服申し立て)を行うことができます(雇用保険法第69条)。不服がある場合は、都道府県労働局の雇用保険審査官に対して審査請求書を提出してください。
返納に応じる場合は、通知に記載された指定口座への振込期日を守ることが重要です。期日を過ぎると延滞金が発生する場合があります。
ケース④:雇用契約が育休中に解除された場合
育児休業給付の受給要件の一つに「育休期間中に雇用契約が存続していること」があります。会社都合による解雇・倒産・事業廃止などにより育休中に雇用契約が解除された場合、その時点以降の給付金を受け取っていたとすれば返納義務が発生します。
ただし、「雇用契約解除前にすでに認定・支給が完了していた給付金」については返納不要です。返納が求められるのは、雇用契約の解除日以降の期間に対応する給付金に限られます。
会社が倒産した場合や整理解雇に遭った場合は、企業側からハローワークへ「資格喪失届」が提出されます。その時点で育休給付の認定が停止し、以後の支給も止まります。もし何らかの手続き上の誤りにより雇用契約解除後に給付が支払われていた場合は、速やかにハローワークに連絡し、過払い分の精算を行ってください。
ケース⑤:給付認定期間後に事後的に支給された給付が条件不充足と判明した場合
育休給付の支給申請と認定にはタイムラグが生じることがあります。申請時点では条件を満たしているように見えても、後から精査した結果、実際には要件を欠いていたと判明した場合は返納対象になります。
たとえば、育休延長手続きを行い認定を受けたものの、延長要件(保育園への入所申し込みを行ったが入所できなかったことの証明書類等)が不十分だったケース、あるいは子どもの1歳到達日前後の手続き上のミスで本来支給対象でない期間に給付が行われたケースなどが該当します。
退職タイミング別の注意点
育休中に退職を決断する際は、退職日をいつに設定するかによって給付金の支給状況や今後の手続きが大きく変わります。
育休期間中に退職する場合
育休の取得中(子どもが1歳または最長2歳になる前)に退職する場合、退職日が到来した時点で育休は終了し、以後の給付金は支給されません。ただし退職日までに支給済みの給付金は原則返納不要です。
退職日の前に給付の認定申請期間が到来し、その期間の支給が未完了の場合は、退職後でも「退職日までの育休期間分」については支給申請できます。ハローワークに退職の経緯を伝え、支給の有無を確認してください。
育休終了後に復帰せず退職する場合
育休の終了日(子どもの1歳の誕生日前日等)を迎えた後、復帰せずにそのまま退職する場合も、育休期間中に支給された給付金の返納義務は発生しません。この場合、育休期間はきちんと取得しており、その間の給付金は正当に受け取ったと扱われます。
なお、育休終了日をもって会社への出勤義務が生じるため、その日付以降は雇用契約の取り扱いについて会社と確認が必要です。会社から復帰を求められても復帰せずに退職する場合は、退職届に退職日を明記し、会社の承認を得る形で手続きを進めましょう。
給付金をもらいながら就業した場合(育休中の就労ルール)
育休中でも、一定の範囲内であれば就労が認められています。ただし、就労日数が月10日以下(または月80時間以下)を超えた月は給付金が支給されません。また、10日以内の就労があった場合も、就労時間に応じて給付額が減額されることがあります。
この就労実績は、ハローワークへの申請時に正確に報告する義務があります。申告を怠ると、前述のケース①や②(不正受給)にあたるリスクがあるため、注意が必要です。
退職時の具体的な手続き流れ
退職前にやること(確認・準備フェーズ)
① 現在の給付状況を確認する
まず、ハローワークに問い合わせて「現在の支給認定状況」「直近の支給決定日」「以降の支給予定」を確認しましょう。ハローワークのマイページ(ハローワークインターネットサービス)でも一部情報を確認できます。
② 会社の人事担当に退職意思を伝える
育休中の退職は通常の退職とは異なる手続きが発生します。以下の点を確認してください。
- 社会保険・雇用保険の資格喪失日
- 育休給付の終了手続き(会社側がハローワークに報告する)
- 健康保険の切り替え(任意継続か国保か)
- 退職金・有給残の精算
③ 退職届の準備
退職届には退職日を明記し、可能であれば「育休中の退職である」旨を付記しておくとトラブルが少なくなります。法律上、自己都合退職の場合は退職申し出から最低2週間(民法第627条)が経過すれば退職が成立しますが、会社の就業規則で1か月前申し出を定めている場合は規則に従うのが円滑です。
退職後にやること(ハローワーク手続きフェーズ)
④ 会社から資格喪失届・離職票が発行される
退職後、会社はハローワークに雇用保険被保険者資格喪失届を提出します。その後、離職票(1号・2号)があなたの元に届きます。通常退職から2〜3週間程度かかります。
⑤ ハローワークで失業給付の申請を行う
育休が終了・退職した場合、次に受け取れる可能性があるのは雇用保険の失業給付(基本手当)です。育休給付を受けていた期間は失業給付の算定基礎期間に含めないルールがありますが、受給要件(離職前2年間に被保険者期間が12か月以上)を満たしていれば申請できます。
失業給付申請に必要な主な書類は以下のとおりです。
| 書類 | 取得先 |
|---|---|
| 離職票(1号・2号) | 退職した会社 |
| 雇用保険被保険者証 | 会社または手元に保管 |
| マイナンバーカード(または通知カード+身分証) | 本人保管 |
| 写真2枚(3cm×2.5cm) | 本人用意 |
| 本人名義の預金通帳またはキャッシュカード | 本人保管 |
ハローワークへの申請は離職票が届いた後、できるだけ速やかに行うことをお勧めします。申請が遅れると失業給付の受給期間(離職後1年以内)が短くなる可能性があります。
⑥ 育休給付の返納に関する確認
ハローワーク窓口で、育休給付に関して「返納の必要があるか」を直接確認しましょう。担当者が支給履歴を確認した上で返納の要否を教えてくれます。問題なければその旨の確認が得られ、以後の手続きは失業給付申請のみとなります。
企業側(人事担当者)がやるべき手続き
育休中の従業員が退職する場合、会社側にも以下の対応義務が生じます。人事担当者は正確に手続きを進めてください。
① 育休給付の支給申請停止
退職が決定したら、次回の育休給付の支給申請を停止します。すでに申請済みの期間の認定はそのまま完了しますが、退職日以降の申請は行いません。
② 雇用保険被保険者資格喪失届の提出
退職日の翌日から10日以内にハローワークへ提出する義務があります(雇用保険法第7条)。提出が遅れると従業員の失業給付申請にも影響が出るため、速やかに対応してください。
③ 離職票の発行・交付
資格喪失届と合わせて離職証明書をハローワークに提出し、ハローワークから発行される離職票(1号・2号)を従業員本人に遅滞なく交付してください。
④ 社会保険の喪失手続き
退職日の翌日が健康保険・厚生年金の喪失日となります。日本年金機構・健康保険組合へ被保険者資格喪失届を退職日の翌日から5日以内に提出する必要があります。
退職後の給付金・保険の選択肢
退職後にどのような制度を活用できるかも、あらかじめ把握しておきましょう。
失業給付(基本手当)
自己都合退職の場合、離職後7日間の待機期間ののち、さらに2か月の給付制限期間があります(2020年10月の法改正により、5年間で2回までは2か月に短縮)。その後、受給資格に応じた基本手当を受け取れます。
受給期間は被保険者期間と年齢に応じて90〜150日分(一般受給資格者)となります。
健康保険の選択肢
退職後は以下の3つの選択肢があります。
- 任意継続被保険者制度:退職前の健康保険に最長2年間継続加入。保険料は従業員負担分と会社負担分の全額(上限あり)。
- 国民健康保険:市区町村に加入手続き。前年所得に応じた保険料。
- 配偶者の扶養に入る:配偶者が会社員で健康保険に加入している場合、年収130万円未満なら扶養に入れる。
よくある質問(FAQ)
育休中の退職に関してよく寄せられる疑問に、Q&A形式でお答えします。
Q1. 育休中に辞めたら、次の就職時の雇用保険の加入期間はリセットされますか?
雇用保険の被保険者期間は退職によりリセットされますが、育休中に受給した育休給付金は、次の会社での被保険者期間の計算には影響しません。次の会社で新たに加入した日から算定が始まります。ただし、失業給付の受給資格は「離職前2年間に12か月以上の被保険者期間」が必要なため、新しい勤務先でのキャリアアップも視野に入れて計画しましょう。
Q2. 育休中の退職で「給付金の返還請求書」が届きました。どう対応すればよいですか?
返還請求書が届いた場合は、まずハローワークに連絡して返還理由の詳細を確認してください。内容に不服がある場合は、通知日の翌日から60日以内に審査請求を行うことができます(雇用保険法第69条)。返納に応じる場合は、指定期日内に振り込みを行うことで延滞金を回避できます。返納が困難な場合は、分割払いの相談をハローワークで行うことも可能です。
Q3. 育休中に夫(妻)の扶養に入った場合、給付金には影響しますか?
育休中に配偶者の健康保険の扶養に入ること自体は、育児休業給付の支給には影響しません。ただし、育休給付金自体は「収入」として扱われるため、年収130万円(月額で約10万8,000円)を超えると扶養条件を外れる可能性があります。育休給付の受給中は扶養に入らず、受給終了後に扶養手続きをするケースが多いです。
Q4. 退職後すぐに再就職する予定ですが、育休給付はどうなりますか?
退職後に育休給付の支給は停止します。再就職した場合は新しい会社での雇用保険加入が始まり、育休給付の続きを受け取ることはできません。新しい会社で再度育休を取得する場合は、育休開始前2年間に11日以上働いた月が12か月以上あることという要件を満たした上で新たに申請が必要です。
Q5. 育休中の退職は会社から損害賠償を請求されることはありますか?
育休中に退職することで直ちに損害賠償が認められるケースは極めて稀です。労働者の退職の自由は法律上保障されており(民法第627条)、適切な手続き(退職申し出→退職日の設定→引き継ぎ協力)を踏んでいれば、通常は法的なリスクはありません。ただし、代替要員の確保費用や業務上の混乱を招いたとして会社側が主張するケースもゼロではないため、退職の際は誠実に引き継ぎや情報共有に協力することが重要です。
まとめ
育休中に退職しても、すでに受け取った給付金は原則として返納義務がありません。これは法律上の原則であり、労働者を保護するための制度設計です。
ただし、以下の5つのケースに該当する場合は返納が求められます。
- 育休中に一定額以上の給与を申告せず給付を受け取った
- 虚偽申告・不正受給に該当した
- 育休認定が後から取り消された
- 育休中に雇用契約が解除され、その後も給付が支払われた
- 給付条件を事後的に満たさないことが判明した
退職を検討する際は、まずハローワークに相談して現在の給付状況を確認し、企業の人事担当と退職日・手続きの流れをしっかりと確認することが大切です。正確な情報に基づいて行動することが、無用なトラブルを防ぐ最善の方法です。
不明な点がある場合は、最寄りのハローワーク(公共職業安定所)または社会保険労務士に相談することを強くお勧めします。育休給付と退職手続きについて専門知識を持つアドバイザーのサポートを受けることで、安心して退職プロセスを進めることができます。

