育休中に昇給や定時決定が行われた場合、育休給付金の支給額が変わることをご存知でしょうか。「もらいすぎていた分を返さなければならないの?」「逆に追加で支給してもらえるの?」といった疑問を持つ方は多いでしょう。
本記事では、標準報酬月額の変動が育休給付金に与える影響を、企業の人事担当者・育休取得者の双方に向けて詳しく解説します。再計算の対象となるケース、必要書類、差分支給・返納の具体的な手続きまで、実務に直結する情報を網羅しています。厚生労働省の最新ガイドラインに基づき、複雑な標準報酬月額変動時の給付金再計算の仕組みを正確にお伝えします。
育休給付金はどう計算されるのか
育休給付金の計算方法を正確に理解することが、変動時の影響を把握する第一歩です。「標準報酬月額」という社会保険の概念と、給付率の仕組みを順に確認しましょう。
育休給付金の計算式
育休給付金は、雇用保険法第61条の4を根拠とする制度で、原則として以下の計算式によって支給額が決まります。
育休給付金の支給額 = 標準報酬月額 × 給付率
給付率は育休開始からの期間によって異なります。
| 育休期間 | 給付率 |
|---|---|
| 育休開始から通算6ヶ月(180日)まで | 67% |
| 6ヶ月(181日)以降 | 50% |
たとえば標準報酬月額が30万円の場合、育休開始6ヶ月以内は月額20万1,000円、6ヶ月を超えると15万円が支給されます。
なお、育休給付金は2ヶ月ごとにハローワークへ支給申請するのが原則です(企業が従業員に代わって申請するケースが一般的です)。2024年10月以降は「育児休業給付金の分割取得」の制度改正も影響するため、取得形態によって計算期間が複雑になることがあります。
💡 ポイント
2025年4月施行の改正育児・介護休業法では、「出生後休業支援給付金(手取り10割相当)」の仕組みも導入されましたが、本記事では従来の育児休業給付金(雇用保険)の再計算を中心に解説します。
「標準報酬月額」が決まる2つの時期
育休給付金の計算基礎となる「標準報酬月額」は、すべての月で同じ金額が使われるわけではありません。社会保険(健康保険・厚生年金)の世界では、標準報酬月額の改定タイミングが2種類あります。
| 改定区分 | 実施時期 | 対象月の報酬 | 新標準報酬の適用開始 |
|---|---|---|---|
| 定時決定 | 毎年7月 | 4月・5月・6月の平均報酬 | 同年9月1日 |
| 随時改定(月額変更届) | 固定的給与変動後3ヶ月 | 変動後3ヶ月の平均報酬 | 変動が確定した翌月 |
定時決定とは、毎年一度、実際の給与水準に合わせて標準報酬月額を見直す手続きです。4〜6月に支払われた報酬の平均額をもとに等級を決定し、9月から翌年8月まで適用されます。
随時改定(月額変更届)とは、昇給・降給などで固定的給与が変わった場合に、3ヶ月分の報酬変動を確認したうえで標準報酬月額を改定する手続きです。主な要件は以下のとおりです。
- 固定的給与(基本給・役職手当など)が変動した
- 変動後3ヶ月間の報酬平均額と改定前の等級が2等級以上異なる
- 3ヶ月間、就労日数が17日以上ある月が1ヶ月以上ある
⚠️ 注意
育休中は報酬が支払われない(または大幅に減額される)ため、随時改定の「3ヶ月の報酬計算」が通常どおりに適用されないケースがあります。このあたりの判定は社会保険労務士や年金事務所に確認することをお勧めします。
育休中に標準報酬月額が変動するケースと給付金への影響
標準報酬月額が変動する場面は複数あります。それぞれのケースで育休給付金がどう扱われるかを整理しましょう。
再計算される3つのケース
① 定時決定による変動
育休中であっても、毎年9月1日から新しい標準報酬月額が適用されます。育休開始が7月以前であれば、翌年以降の育休継続中に定時決定の影響を受けることがあります。
例:標準報酬月額28万円で育休を開始 → 翌年9月の定時決定で32万円に改定
この場合、9月支給分以降の育休給付金は32万円をベースに再計算されます。
② 昇給による随時改定
育休中に「昇給辞令は出たが実際の報酬は休業中のため変わらない」というケースでも、固定的給与の決定(辞令の発令日)が育休中に行われた場合、随時改定の対象となることがあります。
なお、育休中は報酬が支払われていないため、実際には月額変更届の要件(3ヶ月の報酬変動の確認)を満たせないことが多く、実務上は復帰後に随時改定が行われるケースが大半です。ただし、育休前後に給与が遡及確定した場合は注意が必要です。
③ 降給による随時改定
育休前に役職手当を受け取っていた場合、育休復帰後に役職変更で降給となり随時改定が発生することもあります。この場合、育休給付金の計算には影響しませんが(育休終了後のため)、将来の育休再取得時に影響します。
再計算されない2つのケース
④ 育休終了後の昇給
育休を終了し、職場復帰してから昇給が発生した場合は、育休給付金の支給期間が終了しているため再計算の対象外です。育休期間中の給付金額は確定したものとして取り扱われます。
⑤ 育休開始前の遡及昇給のみ
「育休開始後に、育休開始前の期間に遡って昇給が適用された」ケースは取扱いが複雑です。遡及昇給によって育休開始時点の標準報酬月額が実質的に変わる場合は再計算対象となる可能性がありますが、遡及適用の時期・内容によって判断が異なるため、ハローワークまたは社会保険労務士への個別確認が必須です。
定時決定による変動の具体的なシミュレーション
以下のモデルケースで給付金の変動を確認してみましょう。
【モデルケース】
- 育休開始:当年4月1日
- 育休開始時の標準報酬月額:30万円
- 翌年9月の定時決定後の標準報酬月額:34万円(2等級上昇)
| 期間 | 標準報酬月額 | 給付率 | 月額給付金 |
|---|---|---|---|
| 当年4月〜10月(6ヶ月) | 30万円 | 67% | 201,000円 |
| 当年11月〜翌年8月 | 30万円 | 50% | 150,000円 |
| 翌年9月以降(定時決定反映) | 34万円 | 50% | 170,000円 |
翌年9月以降は月額2万円の増額となります。定時決定の適用月(9月)以降の支給申請からは、自動的に新しい標準報酬月額が適用されます。
再計算が生じたときの手続き:差分支給と返納の流れ
給付金の再計算が発生した場合、金額が増えるか減るかによって「差分支給」または「返納」の手続きが必要となります。
差分支給(給付金が増える場合)
標準報酬月額が上昇した場合、不足分の給付金が追加で支給されます。
手続きの流れ
① 企業(人事担当)が標準報酬月額の改定を把握
↓
② 新しい標準報酬月額決定通知書(年金事務所から交付)を保管
↓
③ 次回の育休給付金支給申請時に修正内容を反映
↓
④ ハローワークが給付金を再計算
↓
⑤ 差分給付金が従業員の口座に振り込まれる
定時決定による変動の場合、企業は9月下旬〜10月頃に年金事務所から健康保険・厚生年金保険被保険者標準報酬月額決定通知書を受け取ります。この通知書をもとに、次の支給申請書に新しい標準報酬月額を記載して申請します。
返納(給付金が減る場合)
標準報酬月額が下がった場合、過払い分の給付金を返納しなければならないケースが生じることがあります。
返納が生じやすい状況
- 昇給を見込んで企業側が誤った標準報酬月額で申請していた
- 遡及降給により育休開始時点の標準報酬月額が遡って修正された
- 申請書の記載誤りにより過払いが発生した
返納手続きの流れ
① ハローワークから過払い通知書が届く(または企業が誤りに気づく)
↓
② 従業員(受給者)への通知・説明
↓
③ 返納額・返納期限の確認
↓
④ 指定口座への振込による返納
↓
⑤ ハローワークから受領確認書を受け取る
返納を求められる金額の例
標準報酬月額30万円で申請すべきところを34万円で申請した場合(3ヶ月分):
過払い額 = (34万円 - 30万円) × 50% × 3ヶ月
= 4万円 × 50% × 3ヶ月
= 60,000円
返納には期限が設けられており、ハローワークからの通知に記載された期日までに対応しなければなりません。返納が困難な場合は早めにハローワークへ相談し、分割返納などの対応を協議することをお勧めします。
申請に必要な書類一覧
再計算・修正申請にあたって必要となる書類を整理します。
企業(人事担当)が準備する書類
| 書類名 | 取得・作成者 | 提出先 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 育児休業給付金支給申請書(修正版) | 企業 | ハローワーク | 様式第33号の6。変動月以降の申請書に新標準報酬月額を記載 |
| 健康保険・厚生年金保険被保険者標準報酬月額決定通知書 | 年金事務所 → 企業 | ハローワーク(添付) | 定時決定・随時改定の際に発行される |
| 賃金台帳(直近3ヶ月分) | 企業 | ハローワーク(必要に応じて) | 随時改定を裏付ける根拠資料 |
| 月額変更届(随時改定の場合) | 企業 → 年金事務所 | 年金事務所 | 随時改定が発生した場合に提出する社会保険書類 |
従業員(受給者)が確認すべき事項
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 支給決定通知書の確認 | ハローワークから送付される支給決定通知書に記載された標準報酬月額が正しいか確認する |
| 口座情報の変更有無 | 振込先口座に変更がある場合は事前に企業経由で届け出る |
| 返納通知書の受領 | 過払いが発生した場合はハローワークから通知が届く。期限内に返納する |
申請期限について
育休給付金の支給申請には、支給対象期間の末日から2ヶ月以内という期限があります(雇用保険法第10条の4の2)。修正申請も同様に期限内の対応が求められるため、標準報酬月額の変動を把握した時点で速やかに手続きに入ることが重要です。
期限を過ぎてしまった場合でも、やむを得ない事情がある場合はハローワークへ相談することで対応できるケースがあります。期限切れを理由に黙って放置することは絶対に避けてください。
企業の人事担当者がとるべき実務対応
育休給付金の再計算は、企業側の適切な管理があって初めてスムーズに進みます。以下のポイントを人事担当者は日頃から意識しておきましょう。
標準報酬月額変動のモニタリング体制を整える
育休中の従業員であっても、社会保険の被保険者資格は継続しています。毎年9月の定時決定、随時改定の発生有無を育休者名簿と照らし合わせて確認する仕組みを構築することが重要です。
具体的には以下の管理台帳の整備をお勧めします。
- 育休取得者一覧(氏名・取得開始日・予定復帰日)
- 標準報酬月額の変動履歴(定時決定・随時改定の都度更新)
- 育休給付金支給申請スケジュール(2ヶ月ごとの申請期限)
定時決定後は速やかに修正申請を行う
毎年9月の定時決定が確定したら(通常9月下旬〜10月上旬に通知書が届く)、育休中の従業員分についても新しい標準報酬月額を確認し、次の支給申請に反映させます。遅延すると差分支給のタイミングが後ろにずれ、従業員への不利益が生じます。
昇給時のコミュニケーションを忘れずに
育休中の従業員に昇給が発生した場合、本人に対して「育休給付金の計算に影響する可能性がある」旨を事前に説明しておくことが親切です。特に復帰後の随時改定が育休給付金に影響しないことを正確に伝えることで、従業員の不安を取り除くことができます。
社会保険料との関係にも注意が必要
育休中の標準報酬月額が変動しても、育休中の社会保険料免除制度は継続して適用されます(健康保険法第159条、厚生年金保険法第81条の2)。育休期間中は事業主・被保険者ともに社会保険料の負担がゼロになる仕組みです。
ただし、標準報酬月額が変動した場合、育休終了後に復帰してから納める社会保険料の等級が変わる点には注意が必要です。
- 定時決定で標準報酬月額が上がった → 復帰後の社会保険料も増額
- 随時改定で標準報酬月額が下がった → 復帰後の社会保険料も減額
この変動は老齢年金の受給額にも長期的な影響を与えるため、従業員への事前説明として触れておくと丁寧です。
遡及昇給が発生した場合の特別な取扱い
育休中または育休復帰後に、育休開始前の期間に遡って昇給が決定・適用される「遡及昇給」が発生するケースがあります。この場合の育休給付金への影響は以下のとおりです。
遡及昇給の影響範囲の考え方
| 遡及対象期間 | 育休給付金への影響 |
|---|---|
| 育休開始前の期間のみ遡及 | 原則として影響なし(育休開始時点の標準報酬月額に変動なし) |
| 育休期間を含む形で遡及 | 標準報酬月額が遡って変動する可能性あり → 要ハローワーク確認 |
| 定時決定後の等級に影響する遡及 | 定時決定の等級決定をやり直す可能性あり → 年金事務所・ハローワーク双方に確認 |
遡及昇給は給与計算・社会保険・雇用保険の3つの領域にまたがる複雑な問題です。自社での判断が難しい場合は、社会保険労務士への相談を強く推奨します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中に定時決定があり、標準報酬月額が上がりました。いつから給付金が増えますか?
定時決定は毎年9月1日から新しい等級が適用されます。9月1日以降を含む支給対象期間(2ヶ月単位)の育休給付金から、新しい標準報酬月額が反映されます。差分は次回の支給申請で企業がハローワークへ申請し、支給決定後に振り込まれます。
Q2. 昇給があったのに育休給付金が変わらないと言われました。なぜですか?
育休中は実際に報酬が支払われていないため、随時改定の要件(固定的給与変動後3ヶ月の報酬平均の確認)を満たせないケースがほとんどです。復帰後に随時改定が行われる場合は、育休給付金には影響しません。ただし、昇給の時期や内容によっては例外的に影響することもあるため、企業担当者に確認することをお勧めします。
Q3. 育休給付金を返納するよう通知が来ました。一括で支払えない場合はどうすればよいですか?
まずハローワークの担当窓口へ早めに連絡し、事情を説明してください。状況によっては分割返納が認められる場合があります。通知を無視したり、期限を放置したりすることは、延滞金の発生や法的手続きにつながるリスクがあるため、必ず早期に対応してください。
Q4. 定時決定で標準報酬月額が下がりました。差分を返納しなければなりませんか?
既に正しい標準報酬月額で給付金が支払われていた場合は返納不要です。ただし、変動前の高い等級で申請が行われており、変動後の等級で計算すると支給超過となっている場合は、差額の返納が求められることがあります。修正申請と返納が同時に必要になる可能性があるため、企業担当者がハローワークに確認しながら手続きを進めてください。
Q5. 産後パパ育休(出生時育児休業)でも標準報酬月額変動の再計算は適用されますか?
はい、産後パパ育休(出生時育児休業給付金)でも、給付金の計算基礎は標準報酬月額であり、育休給付金と同様の考え方が適用されます。取得期間が短い(最大28日)ため定時決定の影響を受けるケースは少ないですが、昇給タイミングによっては影響が生じることがあります。
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まとめ
育休給付金の再計算は、標準報酬月額の変動事由と変動タイミングを正確に把握することが出発点です。本記事の内容を改めて整理します。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 再計算の主な原因 | 定時決定(毎年9月)・昇給/降給による随時改定 |
| 再計算が不要なケース | 育休終了後の昇給・標準報酬月額が変動しない場合 |
| 差分支給の手続き | 企業が修正申請書+決定通知書をハローワークへ提出 |
| 返納の手続き | ハローワークからの通知に従い期限内に振込返納 |
| 申請期限 | 支給対象期間末日から2ヶ月以内(雇用保険法第10条の4の2) |
| 複雑なケース | 遡及昇給など → 社会保険労務士またはハローワークへ相談 |
育休給付金の再計算は、会社と従業員の双方が連携して取り組む手続きです。企業の人事担当者は標準報酬月額の変動を見落とさないための管理体制を整え、育休取得者には変動が生じた際には速やかに会社へ連絡する習慣をつけていただくことが、スムーズな手続きの近道です。
不明な点がある場合は、管轄のハローワーク(公共職業安定所)または社会保険労務士に早めに相談することを強くお勧めします。育休給付金に関する正確な情報を得ることで、安心して育児と仕事の両立を進めることができます。
参考法令・根拠
– 雇用保険法 第61条の4(育児休業給付金)
– 雇用保険法 第10条の4の2(時効)
– 健康保険法 第3条(標準報酬月額の定義)・第159条(育休中の保険料免除)
– 厚生年金保険法 第20条(標準報酬月額)・第81条の2(育休中の保険料免除)
– 育児・介護休業法(令和4年・令和6年改正)
– 厚生労働省「育児休業給付の概要」(最新版)

