育児休業中に昇給があった場合、育休給付金の算定基礎となる「賃金月額」を再計算することで、給付金額を増額できる制度があります。しかし、「どの昇給が対象になるのか」「いつ・どこに申請すればよいのか」といった点で、多くの方が戸惑いを感じています。
この記事では、昇給による賃金月額の再計算制度の仕組み・対象となる昇給の種類・申請手続きの具体的な流れ・必要書類・ハローワークへの提出タイミングまで、実務で役立つ情報を体系的に解説します。
育休給付金の賃金月額とは?昇給で増額できる仕組みを解説
育休給付金(育児休業給付金)の支給額は、「賃金月額」をもとに計算されます。賃金月額とは、育児休業を開始する前の給与水準を数値化したものであり、この金額が高いほど受け取れる給付金も多くなります。
育休中に昇給があった場合、その昇給が確定・通知されていれば、賃金月額を昇給後の水準に引き上げて再計算することが認められています。これにより、昇給前に確定した賃金月額に基づいて支払われていた給付金を、昇給後の水準で再計算し、差額を受け取ることができます。
賃金月額の基本的な計算方法
賃金月額は、育児休業を開始した日前の直近6か月間に支払われた賃金の合計額を180で割り、30を掛けた額で算出されます。計算式で示すと以下のとおりです。
賃金月額 =(育休開始前6か月の賃金総額 ÷ 180)× 30
ただし、賃金月額には上限額・下限額が設定されており、毎年8月1日に改定されます(2024年8月現在:上限477,600円、下限78,975円)。
育休給付金の支給額は、以下の給付率で計算されます。
| 育休期間 | 給付率 | 支給額の計算式 |
|---|---|---|
| 開始から180日目まで | 賃金月額の67% | 賃金月額 × 67% |
| 181日目以降 | 賃金月額の50% | 賃金月額 × 50% |
【具体的な数値例】
育休開始前6か月の賃金総額が180万円(月30万円×6か月)の場合:
- 賃金月額 =(1,800,000円 ÷ 180)× 30 = 300,000円
- 育休開始から180日間の給付金 = 300,000円 × 67% = 月額201,000円
- 181日目以降の給付金 = 300,000円 × 50% = 月額150,000円
この「賃金月額300,000円」の部分が昇給によって引き上げられると、給付金額も連動して増額されます。
昇給があると給付金はいくら増える?増額の仕組み
賃金月額が再計算によって引き上げられた場合、給付金の増額幅は昇給額と給付率によって決まります。
【シミュレーション:月額2万円昇給した場合】
昇給前の賃金月額が300,000円の方が、育休中に月額20,000円の定期昇給を受けた場合を考えます。
| 項目 | 昇給前 | 昇給後(再計算後) | 差額 |
|---|---|---|---|
| 賃金月額 | 300,000円 | 320,000円 | +20,000円 |
| 給付金(67%期間) | 201,000円 | 214,400円 | +13,400円/月 |
| 給付金(50%期間) | 150,000円 | 160,000円 | +10,000円/月 |
育休期間が12か月(67%期間6か月+50%期間6か月)の場合、増額分の合計は以下のとおりです。
67%期間の増額分:13,400円 × 6か月 = 80,400円
50%期間の増額分:10,000円 × 6か月 = 60,000円
合計増額:140,400円
月額2万円の昇給でも、育休期間全体を通じると約14万円もの差が生まれます。昇給があった場合は必ず再計算の申請を行うことが重要です。
再計算の対象となる昇給・対象外となるケースを徹底整理
賃金月額の再計算が認められるのは、「賃金月額」に含まれる固定的な賃金が増加した場合に限られます。昇給の種類によって対象・対象外が明確に区分されているため、事前に確認しておきましょう。
対象になる昇給の種類(定期昇給・昇格昇給など)
以下のチェックリストに該当する昇給は、賃金月額の再計算対象となります。
✅ 再計算対象となる昇給の種類
- 定期昇給(定昇):毎年一定時期に実施される基本給の引上げ。最も一般的な再計算対象
- 職能給の上昇:職能資格制度において、勤続年数・習熟度に応じて職能給が上昇する場合
- 給与表改定に伴う引上げ:労使交渉やベースアップ(ベア)によって給与表全体が改定され、基本給が増額される場合
- 昇格・昇進に伴う基本給引上げ:職位・等級が上がり、基本給そのものが増額される場合(基本給部分に限る)
- 号俸の昇給:給与規程に基づく号俸の移行による基本給増額
これらに共通するのは、毎月の固定的な基本給・本給が恒常的に増額されるという点です。育休終了後も継続して支払われる性質の賃金変動であることが、再計算対象の判断基準となります。
対象外となるケース(賞与・手当・降給など)
以下の場合は再計算の対象になりません。申請前に担当部署や社会保険労務士に確認することをお勧めします。
❌ 再計算対象外となるケース
| 項目 | 理由 |
|---|---|
| 賞与・一時金の増額 | 毎月支払われる固定的な賃金ではないため |
| 役職手当・管理職手当 | 基本給への組み込みではなく、別途支払われる手当のため |
| 通勤手当・家族手当 | 変動的な手当であり、賃金月額の算定対象外のため |
| 時間外労働手当(残業代) | 変動する賃金であり、育休中は発生しないため |
| 昇進に伴う役職手当のみの増額 | 基本給が変わらず手当のみ増加する場合 |
| 昇給決定が育休終了後 | 再計算は休業中に確定・通知された昇給のみ対象 |
| 一時的な手当や補助金 | 継続性のない支払いは賃金月額に含まれないため |
特に注意が必要なのが「昇給決定のタイミング」です。「育休中に昇給が実施されていた」という事実だけでなく、育休期間中に昇給額が確定し、書面(辞令・通知書等)で労働者本人に通知されていることが条件となります。昇給の効力発生日が育休中であっても、会社からの正式通知が復職後だった場合は、取り扱いが変わる可能性があるため注意してください。
申請手続きの流れと必要書類・提出タイミング
育休給付金の昇給による賃金月額再計算の申請は、事業主(会社)を通じてハローワークへ行うのが原則です。労働者本人が直接ハローワークに申請するのではなく、会社の人事・総務担当者が申請手続きを担うケースがほとんどです。手続きの全体像を正確に把握しておきましょう。
申請の全体的な流れ
STEP 1:昇給の確定・通知
→ 会社が昇給を正式決定し、辞令・通知書等で労働者に通達
STEP 2:賃金月額再計算の書類準備
→ 事業主証明書・改定後賃金が確認できる書類等を用意
STEP 3:「育児休業給付金支給申請書」の記載内容更新
→ 次回の支給申請(または別途申請)に昇給後の情報を反映
STEP 4:ハローワークへの提出・申請
→ 通常の支給申請と併せて提出する
STEP 5:ハローワークの審査・確認(2〜4週間程度)
→ 賃金月額の変更が認められるか審査が行われる
STEP 6:差額給付金の支給
→ 再計算後の金額との差額が追加で支給される
申請タイミングと期限
申請のタイミングは、育休給付金の通常の支給申請と原則として一致させることが実務上の効率的なやり方です。
| 状況 | 申請タイミング |
|---|---|
| 昇給が次回の支給申請前に確定した場合 | 次回の支給申請書に反映させて一緒に提出 |
| 既に支給申請を済ませた後に昇給が確定した場合 | 別途、賃金月額変更の申請書類をハローワークに提出 |
| 育休終了間際に昇給が確定した場合 | 速やかに事業主経由でハローワークへ申請 |
注意点:支給申請の機会を逃すと差額の受取が遅れたり、申請できる期間が限られる場合があります。昇給が確定したら速やかに会社の担当者に申し出ることが重要です。
必要書類の一覧
賃金月額の再計算申請に必要な書類は以下のとおりです。会社(事業主)が準備するものと、本人が確認・提出するものに分かれます。
【事業主が準備する書類】
| 書類名 | 内容・備考 |
|---|---|
| 育児休業給付金支給申請書 | 再計算後の賃金月額を記載(通常の申請書と同じ様式) |
| 賃金月額変更に関する事業主証明書 | 昇給の内容・昇給後の賃金額・昇給日を事業主が証明 |
| 賃金台帳・給与明細のコピー | 昇給前後の賃金が確認できる直近の賃金台帳 |
| 昇給辞令・昇給通知書のコピー | 昇給が確定した事実と金額を証明する書類 |
| 就業規則・給与規程(賃金表) | 定期昇給の根拠・給与表改定の内容が確認できるもの |
【本人が確認・準備するもの】
| 書類名 | 内容・備考 |
|---|---|
| 雇用保険被保険者証 | 被保険者番号の確認のために必要 |
| 昇給通知書(控え) | 昇給の事実を本人として確認・保管しておく |
| 育児休業取得の確認書類 | 育休取得期間が確認できる書類(会社保管のものを確認) |
人事担当者へのポイント:賃金月額の変更に際して、ハローワークから追加資料の提出を求められる場合があります。就業規則・給与規程・賃金表など、昇給の根拠を証明できる社内書類はあらかじめ整備しておくと審査がスムーズに進みます。
再計算後の給付金はいつ支払われる?差額支給の仕組み
賃金月額の再計算が認められた場合、差額はどのように支払われるのかを確認しておきましょう。
差額支給の対象期間
再計算による増額は、昇給の効力が発生した日(昇給日)が属する支給単位期間以降が対象となります。「支給単位期間」とは、育休給付金の1回の支給申請に対応する期間(原則として1か月単位)のことです。
たとえば、昇給日が4月1日で、支給単位期間が4月1日〜4月30日であれば、4月分の申請から再計算後の金額が適用されます。
すでに昇給前の賃金月額で支給された分については、差額として追加支給されます。ただし、差額が支給されるのはハローワークが再計算を認めた後となるため、審査期間(2〜4週間程度)を考慮した上でスケジュールを組む必要があります。
育休終了後も申請できる?
原則として、育休終了後に遡って昇給分の差額を申請することは難しいケースが多いです。育休給付金の支給申請には期限(支給単位期間の末日から2か月以内)が設けられており、この期限を過ぎると申請自体が受け付けられなくなる場合があります。
育休中に昇給の通知を受けた際には、速やかに会社の担当者に連絡し、次回の支給申請に反映してもらうよう依頼することが最も重要です。
法的根拠と制度の位置づけ
育休給付金の昇給による賃金月額再計算制度は、以下の法令・通達に基づいています。この制度は雇用保険法によって厳密に定められており、適切な書面手続きを通じてのみ認められるものです。
主な法的根拠
| 根拠 | 内容 |
|---|---|
| 雇用保険法第61条の4 | 育児休業給付の支給要件・支給額の算定根拠を定める法律条項 |
| 雇用保険法施行規則第100条の2 | 賃金月額の算定方法・変更に関する具体的な規定 |
| 厚生労働省通達 | 育休給付金の事務処理に関するハローワーク向けマニュアル・解釈通達 |
| 育児・介護休業法第23条 | 育児休業中の労働者の処遇に関する事業主の義務 |
雇用保険法施行規則第100条の2では、育休開始後に労働者の賃金が変動した場合における賃金月額の取り扱いが定められており、昇給による固定的賃金の増額については、再計算の対象として認める運用が確立しています。
制度活用における注意事項
- 再計算は自動的には行われません。必ず事業主を通じた申請手続きが必要です。
- 会社が申請を忘れているケースも実務では見受けられます。育休中の従業員に昇給が生じた場合、人事担当者は積極的に再計算手続きを進める体制を整えましょう。
- 昇給の事実確認はハローワークが厳正に審査します。口頭での通知だけでなく、辞令・通知書など書面による証拠を必ず保管してください。
人事担当者が押さえるべき実務ポイント
育休取得者の賃金月額再計算は、会社側の対応が遅れると従業員に不利益を与える可能性があります。以下の実務ポイントを確認しておきましょう。
チェックリスト:昇給時の対応フロー
- [ ] 育休取得中の従業員に昇給が発生したかどうかを定昇(定期昇給)の時期に確認する
- [ ] 昇給が発生した場合、辞令・通知書を書面で作成し、本人に通知する(郵送・メール等)
- [ ] 昇給内容(昇給日・昇給前後の賃金額)を記録・保管する
- [ ] 次回の育休給付金支給申請書に昇給後の賃金月額を反映させる
- [ ] 必要書類(事業主証明書・賃金台帳等)を揃えてハローワークへ提出する
- [ ] ハローワークからの追加書類要請に迅速に対応できる体制を整える
よくある実務上のミス
ミス1:昇給の通知が遅れ、申請期限を過ぎてしまう
→ 定期昇給の時期(4月や1月など)には、必ず育休取得者リストと照合し、漏れなく手続きを進める体制を構築しましょう。
ミス2:役職手当のみの増額を「昇給」と誤認して申請する
→ 基本給が変わらず役職手当のみが増加する場合は再計算対象外です。昇給の内訳を給与規程と照合して確認してください。
ミス3:育休終了後にまとめて申請しようとする
→ 支給申請には期限があります。昇給確定後、次回の支給申請のタイミングを逃さないよう、スケジュール管理を徹底してください。
昇給による賃金月額再計算のQ&A
育休給付金の昇給・賃金月額再計算に関して、よく寄せられる疑問に回答します。
Q1. 育休中に昇給の辞令をもらったのですが、自分で申請できますか?
A. 育休給付金の申請は原則として事業主(会社)を通じて行います。労働者本人が直接ハローワークに申請することは通常できません。昇給の通知を受けたら、速やかに会社の人事・総務担当者に連絡し、再計算手続きの対応を依頼してください。
Q2. 育休開始後に会社全体でベースアップがあった場合も対象になりますか?
A. はい、対象になります。ベースアップ(基本給の全体的な引上げ)は給与表改定に伴う固定的賃金の増額であり、再計算の対象となります。ただし、ベアの効力発生日・通知日が育休中であることが条件です。
Q3. 昇給で賃金月額が上限額(477,600円)を超える場合はどうなりますか?
A. 賃金月額には上限額が設定されており、再計算後の金額が上限額を超える場合は、上限額での計算が適用されます。上限額を既に超えていた場合は、再計算による給付金の増額はありません。
Q4. 差額はいつ支払われますか?
A. ハローワークが再計算を認めた後、速やかに差額が支給されます。審査・処理には通常2〜4週間程度かかります。差額は通常の育休給付金と同様、指定口座に振り込まれます。
Q5. 昇給後に再計算の申請をしないまま育休が終了した場合はどうなりますか?
A. 育休終了後は原則として申請ができなくなるため、差額を受け取れない可能性が高いです。育休中に昇給があった場合は、期限内に必ず手続きを行う必要があります。不明な点は早めにハローワークまたは社会保険労務士に相談してください。
Q6. 昇給とともに給与体系の変更があり、一部の手当が廃止されました。この場合も増額になりますか?
A. 基本給の増額と手当の廃止が同時に行われた場合、再計算後の賃金月額が以前より低くなることもあります。固定的賃金の増減を総合的に計算した結果、賃金月額が増加している場合のみ給付金の増額が生じます。給与体系の変更が複雑な場合は、ハローワークまたは社会保険労務士への相談をお勧めします。
Q7. 昇給決定の通知を受けたのに、いまだに給与に反映されていません。この場合でも申請できますか?
A. 昇給の効力発生日や支給開始日が確定していることが重要です。通知を受けたら、昇給実施予定日を確認し、その日が属する支給単位期間の申請タイミングで手続きを進めてください。実装予定日が確定していない場合は、会社に確認した上で申請してください。
まとめ
育休給付金の昇給による賃金月額再計算制度のポイントを整理します。
制度の概要
– 育休中に定期昇給・ベースアップなどで基本給が増額された場合、賃金月額を再計算して給付金を増額できる
– 法的根拠は雇用保険法第61条の4・雇用保険法施行規則第100条の2
再計算対象となる昇給
– ✅ 定期昇給・職能給の上昇・給与表改定(ベア)・昇格に伴う基本給引上げ
– ❌ 賞与・役職手当・通勤手当・一時金・育休終了後に決定した昇給
手続きの流れ
1. 昇給確定 → 書面で通知を受ける
2. 会社の人事担当者に申し出る
3. 事業主がハローワークへ必要書類を提出
4. 審査(2〜4週間)後に差額支給
重要なポイント
– 再計算は自動的には行われない。必ず申請が必要
– 支給申請期限(支給単位期間末日から2か月以内)を過ぎると申請できなくなる可能性がある
– 昇給の通知を受けたらすぐに会社の担当者に連絡することが最重要
– 定昇(定期昇給)やベースアップなど、給与体系に組み込まれた昇給であることを証明する書類が不可欠
育休中の昇給は、適切な手続きを踏むことで確実に給付金に反映されます。人事担当者は育休取得者の昇給を見落とさない体制づくりを、取得者本人は昇給の通知を受けたら速やかに会社に申し出ることを心がけてください。
専門家への相談について:給与体系が複雑な場合や、申請手続きに不明点がある場合は、管轄のハローワーク(公共職業安定所)または社会保険労務士にご相談ください。申請に関する相談は無料で受け付けています。

