育休給付金を受給中に、勤務先から「給与前払い」を受けた場合、給付金が減額・停止されたり、場合によっては差額を返納しなければならないことをご存知でしょうか。
「給与ももらえて、給付金も満額受け取れる」と思っていると、後から返納通知が届いてトラブルになるケースが後を絶ちません。
この記事では、育休給付金と給与前払いの調整・返納ルールを、法的根拠・計算方法・具体的な手続きまで、労働者・人事担当者の両方が即座に活用できるよう徹底解説します。
育休給付金と給与前払い「調整・返納」が必要になるケースとは?
育休給付金の基本的な役割と「所得補填」の考え方
育児休業給付金(以下「育休給付金」)は、雇用保険法第61条の4に基づき、育児休業中の収入喪失を補填することを目的とした給付制度です。
育休前の賃金をベースに算定された「休業開始時賃金日額」に基づいて、以下の給付率で支給されます。
| 育休取得期間 | 給付率 | 手取り換算の目安 |
|---|---|---|
| 育休開始〜180日目まで | 67% | 実質約80%相当 |
| 181日目以降〜育休終了まで | 50% | 実質約67%相当 |
この制度はあくまで「休業による収入喪失の穴埋め」です。育休中に企業から給与(前払いを含む)を受け取った場合、給付金との重複支給が生じるため、調整ルールが適用されます。
社会保険料が免除される育休期間中、雇用保険財源から支払われる給付金が「二重取り」にならないよう、法律によって厳格に管理されているのです。
「給与前払い」とは何か?通常の賃金支払いとの違い
「給与前払い」とは、育休中の従業員に対して企業が任意で支払う賃金または賃金相当の現金給付を指します。通常の賃金支払いとの違いは以下の通りです。
通常の賃金支払いとの違い
| 種類 | 内容 | 育休給付金への影響 |
|---|---|---|
| 育休前に稼いだ給与(確定分) | 育休開始前月までの給与 | 影響なし |
| 育休中の就業日に対する賃金 | 在宅勤務・呼び出し出勤分 | 就業日数カウント+調整対象 |
| 育休中の給与前払い | 企業が独自に支払う生活費補助等 | 調整・返納対象 |
| 賞与(育休前勤務分) | 育休中に支払われた賞与 | 原則調整対象外(別途確認要) |
企業によっては「育休中支援手当」「生活費補助」「前払い給与」など、名称はさまざまですが、育休期間中に支払われた賃金はすべて調整対象になりえます。
典型的な「給与前払い」のケース例:
- 企業の独自制度として育休中に月額賃金の一部を支払うケース
- 育休中の従業員に対し「手当」名目で現金を支払うケース
- 育休に入る前の給与を育休開始後に「前払い」扱いで支給するケース
調整・返納の対象となる人・ならない人の判別チェックリスト
以下のチェックリストで、あなたが調整・返納の対象かどうかを確認してください。
【対象になるケース】以下をすべて満たす人
- ✅ 雇用保険に加入している
- ✅ 1歳未満の子(または要件を満たす1歳〜2歳)を養育中
- ✅ 育休給付金の受給資格がある(育休前2年間に月11日以上勤務した月が12か月以上)
- ✅ 育休中の就業日数が月10日以下(または就業時間80時間以下)
- ✅ 育休期間中に企業から給与・前払金・手当等の賃金支払いを受けた
【対象外になるケース】
- ❌ 育休中の賃金が育休前賃金月額の80%を超えて支払われている(そもそも給付金不支給)
- ❌ 就業日数が月11日以上(育休要件不符合のため給付金自体が不支給)
- ❌ 育休給付金を受給していない
- ❌ 育休前に確定した賃金の支払いのみ(育休中の就労に基づかない確定給与の後払い)
判断に迷う場合は、必ず管轄のハローワーク(公共職業安定所)または社会保険労務士に確認してください。誤った申告は不正受給とみなされるリスクがあります。
給与前払いを受けた場合の給付金「減額・不支給」ルールを解説
育休開始から180日目まで(給付率67%期間)の計算ルール
育休開始から180日目までの期間に給与前払いを受けた場合、以下の基準で給付金が調整されます。
判定の基準:「育休前賃金月額の80%」
- 育休前賃金月額(休業開始時賃金日額×30)を基準に計算
- 給与前払い額+育休給付金の合計が賃金月額の80%以下の場合 → 按分して減額支給
- 給与前払い額+育休給付金の合計が賃金月額の80%超の場合 → 給付金は不支給(ゼロ)
具体的な計算例(育休開始〜180日目)
前提条件
– 育休前の月収(賃金月額):300,000円
– 育休給付金(67%):200,100円
– 企業からの給与前払い:80,000円
STEP 1:80%ラインを確認
賃金月額の80% = 300,000円 × 80% = 240,000円
STEP 2:支給限度額の計算
支給限度額 = 240,000円 − 給与前払い80,000円 = 160,000円
STEP 3:実際の給付金との比較
本来の給付金 200,100円 > 支給限度額 160,000円
→ 給付金は160,000円に減額
この例では、本来200,100円受け取れるはずの給付金が160,000円に減額されます。
181日目以降(給付率50%期間)の計算ルール
育休開始181日目以降も、基本的な判定ロジックは同じですが、給付率が50%に変わるため、重複のリスクが下がるケースもあります。
具体的な計算例(181日目以降)
前提条件(同上)
– 育休前の月収:300,000円
– 育休給付金(50%):150,000円
– 企業からの給与前払い:80,000円
計算手順
80%ライン = 240,000円
支給限度額 = 240,000円 − 80,000円 = 160,000円
本来の給付金 150,000円 < 支給限度額 160,000円
→ 給付金は満額(150,000円)支給
この場合は前払い額が少ないため、給付金に影響が出ない、という結果になります。金額によっては影響なしのケースもあるため、必ず毎月個別に計算する必要があります。
給付金が「完全不支給」になるケース
以下の条件を満たすと、その月の育休給付金はゼロになります。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 就業日数が月11日以上 | 育休の実態がないとみなされる |
| 賃金支払い額が月収の80%超 | 所得補填の必要がないと判断 |
| 育休期間外の就業 | 育休の取得要件不符合 |
注意点
給与前払いの金額が大きく、賃金月額の80%を単独で超えてしまう場合、給付金は全額不支給となります。企業が独自支援を手厚くするほど、給付金が減る逆転現象が起きることを、労使双方が事前に理解しておく必要があります。
手続きの全体フロー|誰が・いつ・何をするか
給与前払いが発生した場合の手続きは、企業(事業主)が主体となってハローワークに申告します。労働者が直接申告するケースは少ないですが、流れを把握しておくことが重要です。
【給与前払いを受けた場合の手続きフロー】
① 労働者が企業から給与前払いを受ける
↓
② 企業が「給与支払い状況」を育休給付金支給申請書に記載
↓
③ 申請書を管轄ハローワークに提出(申請期限に注意)
↓
④ ハローワークが給付金を再計算(減額・不支給の判定)
↓
⑤ 減額または不支給の決定通知が届く
↓
⑥ すでに過払いがある場合 → 返納通知・差額を返納
企業(事業主)側の申請手続き
STEP 1:育児休業給付金支給申請書に給与支払い状況を記載
通常の育休給付金支給申請と同時に、以下の情報を正確に記載します。
| 記載項目 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 支給単位期間 | 対象となる育休期間(原則2か月ごと) |
| 育休中の給与支払い有無 | 有・無を選択し、金額を記載 |
| 給与支払い額 | 前払い分の賃金総額 |
| 就業日数 | 育休中に就業した日数(10日以下が要件) |
STEP 2:支給額変更申請(給与前払い発生後に申請漏れがあった場合)
すでに給付金を受け取った後に前払い支給が判明した場合は、速やかに「育児休業給付金支給額変更申請書」をハローワークに提出します。
| 書類名 | 入手先 | 提出先 |
|---|---|---|
| 育児休業給付金支給申請書(様式第33号の5) | ハローワークの窓口・電子申請 | 管轄ハローワーク |
| 育児休業給付金支給額変更申請書 | ハローワークの窓口 | 管轄ハローワーク |
| 賃金台帳(育休前〜育休中) | 企業が作成 | 申請書類に添付 |
| 出勤簿・タイムカード | 企業が作成 | 申請書類に添付 |
申請期限:育休終了日の翌日から起算して2か月以内(原則)。ただし、給与前払いが判明した時点で速やかに申告することが推奨されます。
労働者側が確認すべきこと
労働者は原則として企業(事業主)を通じて申告しますが、以下の点を自分でも把握・確認しておきましょう。
- 育休中の給与支払いの有無を会社に確認する
-
「前払い」「手当」「育休支援金」など、名称に関わらず賃金に該当するものはすべて申告対象
-
申請内容のコピーをもらう
-
ハローワークへの申請書類の控えを必ず保管
-
支給決定通知書を確認する
-
減額・不支給の理由が記載されているため、内容を精査
-
返納通知が届いたら速やかに対応する
- 返納金額・期限・振込先を確認し、期限内に返納
差額返納の手続き|「過払い」が発生したケースの対処法
過払いが発生するのはどんなとき?
過払いは主に以下のケースで発生します。
- 企業が給与前払いを申告せずに育休給付金が満額支給された
- 申告後に追加の前払いが判明した
- 企業・労働者の双方が制度を知らず、確認を怠った
差額返納の手続きステップ
STEP 1:返納通知書の受領
ハローワークから「育児休業給付金返還命令書」または「返納通知書」が届きます。
STEP 2:返納金額の確認
通知書に記載された以下の内容を確認します。
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 返納金額 | 過払い分の給付金額 |
| 返納期限 | 通知書記載の期日(通常は通知から30日以内) |
| 納付方法 | 指定口座への振込、または窓口納付 |
STEP 3:返納の実施
指定された方法・期日内に返納を完了します。期限を過ぎると延滞金が発生する可能性があるため注意が必要です。
STEP 4:返納証明の保管
振込明細・領収書等の証拠を保管します。確定申告で育休給付金が影響する場合(育休給付金は非課税のため通常影響なし)の記録としても活用できます。
返納できない場合・分割返納を求める場合
一括返納が困難な場合は、速やかにハローワークに相談してください。
- 分割返納の相談が可能(審査あり)
- 返納期限の延長について個別交渉可能
- 放置すると法的措置(差押えなど)に発展するリスクがあります
企業の人事担当者が押さえるべき実務ポイント
社内制度設計と育休給付金の兼ね合い
企業が育休中の従業員に独自支援を行う場合、給付金との調整を前提とした制度設計が不可欠です。
実務上の注意点
| シーン | 注意すべきこと |
|---|---|
| 育休中の手当・一時金支給 | 賃金に該当するか否かを社労士と事前確認 |
| 給付金申請書の記載 | 前払い金額を正確に記入(虚偽記載は不正受給) |
| 従業員への説明 | 前払いにより給付金が減る可能性を事前周知 |
| 就業規則の整備 | 育休中の賃金支払いルールを明文化 |
申請スケジュールの管理
育休給付金は原則2か月ごとに申請します。給与前払いが発生した月は忘れずに記載し、申請漏れがないよう社内でチェック体制を整えましょう。
| 時期 | 対応事項 |
|---|---|
| 育休開始前 | 従業員に前払い制度と給付金の調整ルールを説明 |
| 育休開始〜 | 2か月ごとに給付金申請書を提出 |
| 前払い発生月 | 当該月分の申請書に金額を記載 |
| 申告漏れ発覚時 | 速やかに支給額変更申請を提出 |
法的根拠と関連法令の整理
育休給付金と給与前払いの調整に関わる主な法令を整理します。
| 法令・条文 | 内容 |
|---|---|
| 雇用保険法第61条の4 | 育児休業給付金の支給要件・支給額の規定 |
| 雇用保険法施行規則第101条の11〜30 | 給付金額の計算方法、申請手続きの詳細 |
| 育児・介護休業法第2条 | 育児休業の定義 |
| 育児・介護休業法第23条 | 育児休業制度の基本的な枠組み |
| 令和3年法改正(2022年4月施行) | 出生時育児休業(産後パパ育休)の創設、給付上限額の変更 |
令和3年法改正のポイント
2022年4月以降、「産後パパ育休(出生時育児休業)」が創設され、子の出生後8週間以内に最大28日間取得可能な育休が新設されました。この期間の給付金(出生時育児休業給付金)にも同様の調整ルールが適用されます。
まとめ|給与前払いを受けたらすぐに確認・申告を
育休給付金と給与前払いの調整・返納ルールについて、ここまで解説してきた内容を整理します。
この記事のポイント
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育休給付金は所得補填が目的のため、企業からの給与前払いと重複する場合は調整・減額・不支給の対象になる
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80%ルールが判定の基準:給与前払い+給付金の合計が賃金月額の80%を超えると不支給、80%以下なら按分で減額
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申告義務は企業(事業主)側にある。申告漏れは不正受給につながるため、必ず申請書に記載する
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過払いが発生した場合は速やかに返納:分割返納の相談は可能だが、放置は厳禁
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企業の独自支援制度と給付金は連動する。社内制度設計の段階で社会保険労務士に相談することを強く推奨
制度の詳細は管轄のハローワーク(公共職業安定所)に直接相談することで、個別の事情に応じた正確な回答を得られます。「よくわからないから申告しなかった」が最も危険な選択です。少しでも疑問があれば、早期に専門窓口へご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中に会社から「生活支援金」をもらいました。給付金は減りますか?
名称が「生活支援金」であっても、賃金として扱われる場合は調整対象になります。判断のポイントは「労働の対償として支払われたか」ではなく、「賃金台帳に計上されているか」「給与所得として処理されているか」です。会社の給与担当者に確認し、賃金に該当する場合はハローワークへの申告が必要です。
Q2. 企業が申告を怠った場合、責任はどうなりますか?
事業主(企業)には雇用保険法に基づく申告義務があります。虚偽申告や申告漏れが発覚した場合、給付金の返還請求・追徴・不正受給認定のリスクがあります。また、意図的な不正申告の場合は刑事罰(詐欺罪等)が適用される可能性もあります。
Q3. 給与前払いを受けた月の給付金がゼロになりました。翌月からは通常に戻りますか?
はい、調整は前払いが発生した「支給単位期間」のみに適用されます。翌月以降に前払いがなければ、通常の給付率(67%または50%)で支給されます。ただし、就業日数や賃金支払い状況は毎月確認・申告が必要です。
Q4. 育休前に支払われた賞与は調整対象になりますか?
育休前に確定・支払われた賞与は原則調整対象外です。ただし、育休中に支払われた賞与は「育休中の賃金支払い」として申告が必要なケースがあります。賞与の支払い時期と育休期間の重なり具合によって判断が変わるため、必ずハローワークまたは社会保険労務士に確認してください。
Q5. 育休給付金の申請は誰がいつ行えばよいですか?
原則として企業(事業主)がハローワークに申請します。申請タイミングは育休開始後2か月経過後の初回申請から始まり、以降は原則2か月ごとに申請します。労働者は企業から「支給決定通知書」のコピーを受け取り、内容を確認することが重要です。申請代理人として社会保険労務士を活用する企業も多くあります。

