育休申出を受けた企業は、承認・不承認にかかわらず書面で通知する義務があります。とくに「対象外」と判定して不承認とする場合、通知書に理由を明記しなければ育児・介護休業法違反となり、企業が損害賠償責任を問われるリスクがあります。
本記事では、人事担当者が正確な通知書を作成できるよう、理由記載義務の法的根拠・通知書の必須記載事項・不当拒否のリスク・実際のテンプレート例までを体系的に解説します。厚労省通達「基発0328第1号」や育児・介護休業法第6条・第8条の条文を踏まえ、実務で即座に活用できる知識をお伝えします。
育休不承認通知書に理由記載がないと何が問題なのか
育休の申出を受けた企業が「この従業員は対象外だ」と判断しても、その理由を書面に書かないまま通知書を渡してしまうケースが実務では後を絶ちません。しかし、これは単なる「記載漏れ」ではなく、法律が明確に禁じている行為です。
育児・介護休業法が定める「理由明示義務」の概要
育児・介護休業法第8条は、事業主が育休申出を受けた際の対応について定めています。同条の規定を平易に言い換えると、次のとおりです。
事業主は、労働者から育児休業の申出があった場合、承認するかどうかを申出を受けた日から2週間以内に書面で通知しなければならない。不承認とする場合は、その理由を具体的に書面へ明示する義務がある。
この「理由明示義務」は努力義務ではなく法的義務です。厚生労働省が令和3年に発出した通達「基発0328第1号」でも、通知書に記載すべき事項が改めて明確化されており、理由の記載が省略できないことが強調されています。
また、育児・介護休業法第6条は育休の取得要件を定めており、事業主が不承認にできる場合をあらかじめ限定しています。つまり「法に定める要件を満たさないから不承認にする」場合でも、どの要件を満たしていないのかを書面で示す義務がある、ということです。
理由記載なし通知書が引き起こす3つの法的リスク
通知書に理由を記載しなかった場合、企業は次の3つの法的リスクにさらされます。
① 育児・介護休業法違反(行政指導・公表リスク)
育児・介護休業法に違反した場合、都道府県労働局長による助言・指導・勧告の対象となります(同法第56条の2)。勧告に従わない場合は、企業名が公表されることがあります。令和4年改正によって公表制度の実効性が高まっており、「育休を不当に拒否した企業」として社名が公表されると、採用活動や企業イメージへの打撃は甚大です。
② 民事上の損害賠償責任
不承認通知の理由が記載されていない場合、または記載された理由が法的に無効な場合、労働者は企業に対して不法行為または債務不履行を根拠とした損害賠償請求を行うことができます。育休を取れなかったことによる精神的苦痛(慰謝料)や、育休中に受け取れたはずの育児休業給付金相当額の賠償を求められる可能性があります。実際に、育休拒否を不法行為と認めて企業に賠償を命じた裁判例も存在します。
③ 労働基準法第107条違反(労働者名簿・記録義務違反)
育休関連の書類は、労働基準法第107条および育児・介護休業法の規定に基づき、退職後または育休終了後3年間保管する義務があります。通知書そのものが不備であれば、記録義務にも違反していると評価されるリスクがあります。
育休不承認が認められる正当な理由とは
通知書に「理由を記載する義務がある」とわかっても、「何を書けばよいのか」「何を書いてはいけないのか」が曖昧なまま運用している企業は少なくありません。法律上、不承認が認められる理由は限定列挙されています。
法律上認められる不承認理由の一覧
育児・介護休業法第6条が定める不承認の正当理由は以下のとおりです。通知書にはこれらに対応する具体的な事実を記載する必要があります。
| 不承認理由の種類 | 具体的な要件 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 継続雇用1年未満 | 同一事業主のもとで雇用開始から1年に満たない | 育児・介護休業法第6条第1項第1号 |
| 有期雇用で育休期間内に契約終了 | 育休終了予定日を超えて雇用が継続しないことが明らか | 同法第6条第1項第2号 |
| 週の所定労働日数が2日以下 | 労使協定で対象外と定めている場合 | 同法第6条第1項・労使協定 |
| 申出日から8週間以内に育休開始予定 | 出産予定日前8週間以内の申出で一定の場合 | 同法第5条第3項 |
| 事業の正常な運営が著しく困難 | 代替要員確保が客観的に不可能な特定の状況 | 同法第6条第3項 |
重要ポイント: 「事業の正常な運営が著しく困難」は、単に「人手が足りない」という程度では認められません。客観的・具体的に代替要員確保が不可能な事情がある場合に限られます。また、この理由は育休開始日の変更を求める根拠にはなりますが、育休そのものを完全に拒否する根拠にはなりません。
なお、令和3年の法改正(令和4年4月施行)以降、有期雇用労働者の育休取得要件が緩和されています。改正前は「引き続き雇用された期間が1年以上」という要件がありましたが、現在は「雇用期間が1年以上」という要件は労使協定で定めた場合のみ適用されます。労使協定がない場合、有期雇用労働者でも申出から育休終了日までの間に契約が終了しないことが確実でなければ、原則として育休申出を拒否することはできません。古い基準を前提にした不承認通知は違法となる可能性がありますので、自社の労使協定の有無と内容を必ず確認してください。
通知書に記載してはいけない「不当な理由」の例
次のような理由は、法律上の正当理由に該当しないため、通知書に記載した場合でも無効であり、むしろ「企業が違法な育休拒否をした」という証拠になります。
- 「現在、業務が繁忙期のため」
→ 業務の繁忙は法律上の理由になりません。 - 「担当業務の引き継ぎ先が確保できていないため」
→ 引き継ぎの準備は企業の責任であり、取得を拒否する理由になりません。 - 「代替要員を採用できていないため」
→ 代替要員の確保は企業の義務です。採用できないことを労働者の不承認理由にすることは違法です。 - 「チームの士気に影響するため」
→ 完全に不当な理由です。 - 「経営判断として対象外とした」(理由の内容を具体化していない)
→ 抽象的な記載は「理由を明示した」とは認められません。 - 理由の記載なし(空欄)
→ 法律上最も問題のある状態です。
育休不承認通知書に必須の記載事項と書き方
理由記載義務の存在がわかったところで、実際に通知書を作成する際の「必須記載事項」と「書き方のポイント」を確認します。
通知書に盛り込むべき必須項目
厚生労働省が示す様式例と育児・介護休業法・基発0328第1号通達に基づき、不承認通知書には以下の項目を必ず記載します。
| 記載項目 | 内容の例・説明 |
|---|---|
| 通知書のタイトル | 「育児休業申出不承認通知書」と明記 |
| 通知年月日 | 通知を交付した日付 |
| 宛先(労働者の氏名) | 申出をした労働者の氏名 |
| 会社名・代表者名・担当者名 | 事業主を特定できる情報 |
| 育休申出を受けた日 | 労働者から申出を受けた日(受理日) |
| 申出内容(育休開始予定日・終了予定日) | 労働者が申出した休業期間 |
| 不承認の判定 | 「貴殿からの育児休業申出について、下記の理由により承認できません」等の明確な表現 |
| 不承認の理由(最重要) | 法律上の根拠条文とともに、具体的な事実を記載 |
| 今後の対応について(任意だが推奨) | 相談窓口の案内・代替措置の提案(短縮取得の検討等) |
「理由」の記載方法:良い例・悪い例
理由欄の書き方で通知書の適法性が決まります。
悪い記載例(法律違反・または無効)
理由:会社の就業規則第○条により対象外であるため。
→ 就業規則の条文番号だけでは「具体的な理由の明示」にはなりません。就業規則自体が法律に反している場合、この理由は完全に無効です。
良い記載例(適法)
理由:育児・介護休業法第6条第1項第1号の規定に基づき、
貴殿の当社における雇用開始日は〇〇年〇〇月〇〇日であり、
育児休業申出日(〇〇年〇〇月〇〇日)時点において、
同一事業主のもとで継続雇用された期間が1年に満たないため、
当社が締結した労使協定(〇〇年〇〇月〇〇日締結)の定めにより、
本申出を承認することができません。
→ 条文・具体的事実(雇用開始日)・労使協定の存在を組み合わせて記載することで、適法な理由明示となります。
通知書交付のタイミングと手続き
通知書の交付には、申出を受けた日から2週間以内というタイムリミットがあります。この期間を超えて通知した場合も法律違反となります。
また、通知書は書面(紙)で交付することが原則ですが、労働者が同意した場合に限り、電子メールやクラウドシステムでの電磁的交付も認められています(育児・介護休業法施行規則の定めによる)。
交付した通知書の写しは3年間保管してください。これは単なる社内書類ではなく、行政調査や訴訟が発生した際に企業の対応が適法であったことを証明する重要な証拠書類です。
不承認通知後に企業が取るべき対応と注意点
不承認通知書を交付したあとも、企業としての対応は終わりではありません。適切なフォローアップを怠ると、その後の対応が新たな法的問題を生み出すことがあります。
不承認後の労働者への配慮義務
育休を取れなかった労働者には、少なくとも次の対応を検討することが望ましいとされています。
代替措置の提案
不承認となった場合でも、育児目的休暇・年次有給休暇の取得・時短勤務の活用など、育休に代わる措置を案内することが、企業の配慮義務(育児・介護休業法第22条の2)に基づいて求められます。通知書に「ご不明な点は人事部〇〇(電話番号・メールアドレス)までご相談ください」と添えるだけでも、法令遵守の姿勢を示す一助となります。
ハラスメント防止の徹底
不承認を伝える際に、担当者が感情的な発言をしたり、育休申出を批判するような言動をとることはマタニティハラスメント・パタニティハラスメントに該当します。育児・介護休業法第25条は、妊娠・出産・育休申出を理由とする不利益取扱いおよびハラスメントを禁止しており、口頭での不当な発言も法的問題になりえます。通知は書面で行い、口頭での説明は必要最小限かつ事実に基づいて行うことを徹底してください。
労働者が異議を申し出た場合の対応
労働者が「理由が不当だ」「法律に違反している」として異議を申し出た場合、企業は次のステップで対応します。
- 社内相談窓口(人事・コンプライアンス部門)での再確認:通知書の記載内容と法律上の要件を照らし合わせて再検討します。
- 社会保険労務士・弁護士への相談:不承認の理由が適法かどうか、専門家の見解を確認します。
- 都道府県労働局の調停・あっせん制度の案内:育児・介護休業法第52条の5に基づき、紛争が生じた場合は都道府県労働局長による調停・あっせんを利用できます。労働者にこの制度を案内することも、企業の誠実な対応として評価されます。
企業が今すぐ整備すべき社内体制
育休不承認通知の理由記載義務は、制度を「知っている」だけでは足りません。社内の体制として継続的に機能させることが重要です。
人事担当者のための確認チェックリスト
育休申出を受けた際に活用できるチェックリストを整理します。
申出受理時(申出日当日)
- [ ] 申出日・申出者氏名・育休開始予定日・終了予定日を記録した
- [ ] 申出を受けた事実を証明する書類(受理確認書)を作成し、労働者に交付した
- [ ] 申出から2週間以内に通知書を交付するスケジュールを設定した
要件確認時(申出日から1週間以内)
- [ ] 雇用開始日・勤続期間を雇用契約書・労働者名簿で確認した
- [ ] 有期雇用の場合、育休終了日以降の契約更新予定を確認した
- [ ] 自社に労使協定がある場合、その内容と対象外要件を確認した
- [ ] 不承認とする場合、根拠条文と具体的事実を特定した
通知書作成・交付時(申出日から2週間以内)
- [ ] 必須記載事項がすべて記載されているか確認した
- [ ] 不承認理由が具体的な事実と根拠条文とともに記載されている
- [ ] 代替措置・相談窓口の案内を添えた
- [ ] 通知書の写しを3年間保管するファイルに格納した
就業規則・労使協定の定期見直し
育児・介護休業法は令和3年・令和4年・令和6年と頻繁に改正されており、以前の基準で作成した就業規則や労使協定が現在の法律と矛盾している場合があります。とくに以下の点を確認してください。
- 有期雇用労働者の育休対象要件:「引き続き雇用された期間が1年以上」という旧要件を労使協定で定めているか、または削除済みか
- 育休申出可能期間の規定:産後パパ育休(出生時育児休業)の規定が追加されているか
- 不承認通知の手続き規定:2週間以内の通知義務・理由記載義務が社内規程に明記されているか
まとめ:育休不承認通知書の理由記載は「企業を守る」手続きでもある
育休不承認通知書への理由記載は、一見すると「労働者への義務」のように見えます。しかし視点を変えると、適法な理由を明確に記載した通知書こそが、企業が法律を遵守した証拠となります。
理由の記載がなければ、あとから「なぜ不承認にしたのか」を説明しても証拠能力が低く、労働者や行政機関に対して企業の正当性を立証することが困難になります。一方、根拠条文と具体的事実を盛り込んだ通知書が存在すれば、万一の訴訟や行政調査においても企業の対応が適法であったことを客観的に示せます。
育休不承認通知書の理由記載は、労働者を守る義務であると同時に、企業自身を法的リスクから守る実務上の要件でもあります。 人事担当者は本記事のチェックリストと通知書の記載方法を日常業務に組み込み、申出のたびに確実に対応できる体制を整えてください。
育児・介護休業法は毎年のように改正され、企業の運用ルールも常に見直しが必要です。外部の専門家(社会保険労務士・弁護士)と定期的に相談し、自社の人事制度が常に最新の法律基準に適合していることを確認することをお勧めします。
よくある質問(FAQ)
Q1. 通知書の交付期限「2週間以内」を過ぎてしまった場合、どうなりますか?
申出日から2週間以内の通知は法律上の義務です。期限を超過した場合、それ自体が育児・介護休業法違反となり、行政指導の対象になりえます。期限を過ぎた場合でも、速やかに通知書を作成・交付し、遅延の理由を社内記録に残したうえで、再発防止策を講じてください。遅延が故意または常態化している場合は、労働局による勧告・企業名公表のリスクが高まります。
Q2. 口頭で不承認の理由を伝えれば書面は不要ですか?
口頭での説明は書面の代わりになりません。育児・介護休業法は書面による明示を義務付けており、口頭説明のみでは法令違反となります。「口頭で伝えたから大丈夫」という認識は誤りです。必ず書面(または労働者の同意がある場合は電磁的方法)で交付してください。
Q3. 不承認の理由として「就業規則の規定による」と書けば十分ですか?
不十分です。就業規則の条文番号を示しただけでは「理由の明示」とは認められません。就業規則のどの規定が適用されるのか、そしてその規定に該当するどのような具体的事実があるのかを記載する必要があります。また、就業規則の規定が育児・介護休業法に反している場合は、その規定自体が無効となるため、就業規則の条文だけを根拠にした不承認は違法になります。
Q4. 育休申出を受けた事実を社内で口外しないよう指示することはできますか?
申出の事実を不必要に他の従業員に開示することは、プライバシーの問題が生じます。一方で、業務引き継ぎや代替要員配置のために必要な範囲で関係者に共有することは問題ありません。ただし、「育休申出があった」という情報を理由として当該労働者を不利益に扱う(降格・配置換え・評価への影響等)ことは、育児・介護休業法第10条が禁止する「不利益取扱い」に該当します。
Q5. 有期雇用労働者から育休申出があった場合、一律に不承認にしてよいですか?
一律に不承認にすることはできません。令和4年4月施行の改正により、有期雇用労働者でも育休取得の原則が認められています。不承認が認められるのは、育休終了予定日を超えて雇用が継続しないことが明らかである場合のみです(なお、「継続雇用1年未満」を不承認理由にするためには、別途労使協定の締結が必要です)。「有期雇用だから対象外」という単純な判断は違法であり、個別に要件を確認したうえで判断する必要があります。

