育休給付金の就業偽造は詐欺罪?返納命令・刑事責任を解説

育休給付金の就業偽造は詐欺罪?返納命令・刑事責任を解説 育休給付金

育休給付金を受給しながら実際には就業していた、あるいは就業開始日を実際より遅く申告した──こうした行為が発覚した場合、単なる「書き間違い」では済まされない厳しい法的責任が生じる可能性があります。

本記事では、育休給付金における就業開始日の偽造が「詐欺」として問われる理由、ハローワークがどのように不正を発見するのか、発覚後に科される返納命令・刑事責任の内容、そして万が一問題が生じた場合の適切な対処法まで、法的根拠を交えながらわかりやすく解説します。


育休給付金の「就業開始日偽造」とは何か──不正受給の定義と法的位置づけ

育休給付金の給付要件と就業制限の仕組み

育児休業給付金(以下、育休給付金)は、雇用保険法第61条の7を根拠とする制度で、「育児のために休業している期間中」の収入を補償することを目的としています。支給額は育休開始から180日目までは休業前賃金の67%、181日目以降は50%が支給されます(2025年現在)。

この制度が「就業していないこと」を前提としているため、育休中の就業については厳格な制限が設けられています。具体的には以下のとおりです。

要件 内容
被保険者期間 育休開始前2年間に12か月以上の雇用保険加入期間があること
就業状況 育休期間中に月10日以内かつ月80時間以内の就業に限定
休業期間 連続1か月以上の育児休業を取得していること
対象児童 原則として満1歳未満(延長の場合は最大2歳まで)

なかでも最重要なのが「月10日以内の就業」という条件です。2か月ごとに提出する「育児休業給付金支給申請書」には、申請対象期間中に就業した日数・時間を正確に記載する義務があります。ここに虚偽の内容を記載する行為が「就業開始日の偽造」に当たります。

申請書の提出は原則として事業主経由でハローワークへ行われます。労働者が署名・押印した書類をもとに事業主が申請するため、事業主も内容確認の責任を負う点は後述します。


「就業開始日の偽造」と「誤記入」を分ける故意性の判断基準

就業日数の記載に誤りがあった場合、必ずしもすべてが「詐欺」として扱われるわけではありません。法的に重要なのは「故意に事実を隠す意図があったかどうか」という点です。

故意性が認められやすいケース(詐欺的行為として扱われるリスクが高い)

  • 就業の事実を認識したうえで、申請書の就業日数欄に「0日」と記入した
  • 月15日就業していたにもかかわらず、「9日」と記入して給付要件を満たすように見せかけた
  • 副業収入が発生していたことを事業主に伝えず、事業主もそれを知らないまま申請した
  • 意図的に就業開始日を実際より遅く記載し、支給対象期間を不正に延長した

誤記入・過失として扱われる可能性があるケース

  • 就業日数の計算方法を誤解し、実態と異なる日数を善意で記載してしまった
  • 事業主側の記入ミスを労働者が気づかずに署名してしまった
  • 制度の理解不足により、在宅作業が「就業」に該当することを知らなかった

行政(ハローワーク)は調査の過程でメール・業務記録・給与明細・出勤簿などの客観的証拠を照合し、故意性を判断します。「知らなかった」という主張が通るかどうかは、状況証拠の積み重ねによって変わってきます。意図的な虚偽記載は雇用保険法第104条(不正行為による給付制限) および 刑法第246条(詐欺罪) の両方が適用される可能性があります。


不正受給に問われやすい典型的な6つのケース

以下は、実際に問題になりやすい具体的な状況です。自身の状況と照らし合わせてください。

① 副業・アルバイトの就業隠蔽
育休中に別の会社でアルバイトをし、月10日以上働いていたにもかかわらず申告しなかったケース。別の雇用保険番号で把握される場合があります。

② 在宅業務・テレワークの未申告
「自宅作業だから就業日数に入らない」と誤解するケースです。雇用保険法上、就業場所を問わず業務を行った日はすべて就業日数にカウントされます。

③ 出向先・関連会社での就業
育休中に出向先や関連会社のプロジェクトに参加し、実質的に業務を行っていたケース。正式な就業記録が残らない場合でも、メールや業務成果物が証拠になります。

④ フリーランス・業務委託の受注
育休中に業務委託契約で報酬を得ていたケース。確定申告の内容からハローワークが把握することがあります。

⑤ 事業主の求めによる「少しだけ」の業務参加
「繁忙期だけ手伝ってほしい」という事業主の要請で月10日超の業務を行い、双方が申告しなかったケース。事業主も処罰対象になり得ます。

⑥ SNS・ブログ・YouTube等による収益活動
育休中に収益型コンテンツを継続的に運営し、実質的な「就業」と認定されるケース。収益の有無だけでなく、業務的な継続性や時間投入量が判断基準になります。


就業開始日偽造が発覚するきっかけ──ハローワークの調査プロセス

ハローワークが不正を発見する主な経路

「バレないだろう」という考えは非常に危険です。ハローワークには複数の発覚経路があり、時間差で発覚するケースも少なくありません。

経路①:定期支給申請時の書類照合

2か月ごとに提出される育児休業給付金支給申請書と、事業主が保管する出勤簿・タイムカード・給与明細の内容が一致しない場合、担当官が精査します。申請書の就業日数と給与台帳の内容に矛盾があると、調査のトリガーになります。

経路②:ハローワークの抜き打ち調査・実地調査

ハローワークは不正受給防止の観点から、定期的に事業所への実地調査を行います。調査では賃金台帳・労働者名簿・雇用保険関係書類をまとめてチェックするため、複数月にわたる不正が一度に発覚するケースもあります。

経路③:事業主・元同僚からの通報

退職時や労使トラブルを機に、事業主が「実は育休中も業務に従事させていた」と申告するケースがあります。また、同僚が内部告発することもゼロではありません。

経路④:確定申告・税務情報との照合

副業収入や業務委託報酬が確定申告で申告された場合、税務署から情報提供を受けたハローワークが不正を把握することがあります。税務と雇用保険は別の行政機関ですが、情報共有の仕組みは存在します。

経路⑤:労働者自身の申告

良心の呵責や正確な制度理解により、本人が自主申告するケースもあります。自主申告は処分の軽減に繋がる可能性があるため、不正に気づいた際には速やかな対応が重要です(後述)。


ハローワークが行う具体的な調査内容

不正の疑いが生じた場合、ハローワークは以下の手順で調査を進めます。

Step 1:書類の提出要求
出勤簿・タイムカード・賃金台帳・雇用契約書・業務委託契約書などの提出を事業主に命令します。

Step 2:事業主ヒアリング
担当者が事業所に赴き、業務実態・指揮命令関係・就業日の確認を行います。

Step 3:本人への事情聴取
労働者本人に対して就業の有無・意図・経緯について直接確認します。

Step 4:証拠の総合評価
収集した証拠をもとに、故意性・不正受給額・期間を確定します。

Step 5:処分の決定
行政処分(返納命令・支給停止)の発令、および刑事告発の要否を判断します。

調査には時効があります。不正受給の時効は2年とされていますが(雇用保険法第74条)、詐欺罪としての刑事告訴の場合は公訴時効7年が適用されるため、数年後に発覚・告訴されるリスクも存在します。


発覚後に科される処罰──行政処分と刑事責任の全体像

行政処分の3段階

不正受給が確定した場合、ハローワークは以下の行政処分を行います。

① 給付金の全額返納命令(雇用保険法第10条の4)

不正に受給した育休給付金の全額返納が命じられます。さらに、悪質と判断された場合は返納額に2倍の加算金が上乗せされ、最大で不正受給額の3倍相当の返還を求められます。

【返納額の計算例】
給付金日額:8,000円
不正受給日数(月10日超の就業分が含まれる期間):60日分
不正受給額:8,000円 × 60日 = 480,000円

悪質と認定された場合:
返納額 = 480,000円(本体)+ 960,000円(加算金 × 2倍)
合計返納額:1,440,000円(約144万円)

この返納命令には強制力があり、指定された期日までに納付しなければ財産の差し押さえに発展することもあります。

② 支給停止(即時)

不正が発覚した時点から育休給付金の支給は即時停止されます。育休期間がまだ残っていても、継続受給はできません。

③ 以降の育休給付金・雇用保険給付の不支給

悪質な不正受給と認定された場合、以降の育児休業に係る給付金が不支給となる処分が科されることがあります。次子の育休取得時に給付金を受け取れなくなる可能性があります。


刑事責任──詐欺罪(刑法第246条)の適用

行政処分にとどまらず、刑事告発に至るケースも存在します。育休給付金の不正受給における刑事責任の根拠は主に2つです。

刑法第246条(詐欺罪)

刑法第246条は、人を欺いて財産を交付させた者に対して10年以下の拘禁刑に処することを定めています。就業の事実を隠蔽してハローワークを欺き、給付金を騙し取った行為は詐欺罪の構成要件を満たし、決して軽い罪ではありません。

雇用保険法第104条(不正行為による給付制限と罰則)

雇用保険法第104条は、偽りその他不正の行為により失業等給付を受けた者に対して6月以下の懲役または30万円以下の罰金に処することを定めています。雇用保険法上の罰則は刑法の詐欺罪より法定刑が低いですが、両罪が同時に適用されることもあります(観念的競合)。実務上は、不正受給額が大きい・複数回にわたる・組織的に行われているなど悪質性が高い場合に刑事告発へと移行します。

事業主が共犯となるケース

事業主が就業の事実を知りながら申請書に虚偽を記載した場合、あるいは申請書作成に積極的に関与した場合には、事業主も詐欺罪の共犯として刑事責任を問われます。事業主は申請書の内容について責任を負う立場であることを忘れてはなりません。


行政処分と刑事責任の比較

処分の種類 根拠法 内容 決定主体
全額返納命令 雇用保険法第10条の4 不正受給額+最大2倍の加算 ハローワーク
支給停止 雇用保険法第10条の4 即時停止 ハローワーク
詐欺罪 刑法第246条 10年以下の拘禁刑 裁判所
雇用保険法違反 雇用保険法第104条 6か月以下の懲役または30万円以下の罰金 裁判所

不正が疑われる状況になった場合の適切な対処法

自主申告による処分の軽減

もし育休中の就業日数を誤って申告していたことに気づいた場合、速やかにハローワークに自主申告することが最善の対処法です。

自主申告のメリットは以下のとおりです。

  • 加算金(2倍上乗せ)が軽減または免除されることがある
  • 刑事告発には至らず、行政処分のみで終了する可能性が高まる
  • 自主的な姿勢が処分の量定において有利に働く

自主申告を行う際は事前に弁護士または社会保険労務士に相談し、申告の内容・方法・タイミングについてアドバイスを受けることを強くおすすめします。申告の仕方によって結果が大きく異なります。


調査を受けた場合の注意点

ハローワークから調査の連絡が来た場合、以下の点に注意してください。

やってはいけないこと

  • 事実と異なる説明を行い、虚偽をさらに重ねること
  • 証拠となる出勤簿・メール・業務記録を廃棄・改ざんすること(証拠隠滅罪の対象になる場合があります)
  • ハローワークの調査を無視・拒否すること

すべきこと

  • 弁護士に相談し、聴取に備える
  • 手元にある書類(申請書のコピー・給与明細など)を整理する
  • 誤りがあった場合は率直に認め、訂正の意思を示す

記載ミスが発覚した場合の訂正手続き

故意ではなく、就業日数の計算方法の誤解や制度の未理解による記載ミスであった場合は、訂正申請が認められる可能性があります。

手続きとしては、育児休業給付金支給申請書の記載訂正申請をハローワークに提出し、正確な就業日数を再申告します。訂正の結果、返納が必要な額がある場合は速やかに納付することで、悪質な不正受給とは区別した処分が行われることがほとんどです。


育休給付金の適正受給のために──制度の正しい理解と予防策

就業日数の正確な記録・管理方法

不正受給を防ぐためには、育休中の就業実態を正確に把握・記録することが不可欠です。

  • 就業記録ノート・カレンダーの活用: 業務を行った日・時間・内容を毎日記録する
  • 月10日のカウント方法の確認: 就業日は暦日でカウントし、勤務時間の長短は関係しない
  • 80時間ルールの把握: 就業日数が10日を超えても、就業時間が月80時間以内であれば給付対象になる場合がある(申請書への記載が必要)
  • 事業主との事前確認: 「育休中に少し業務を手伝う」場合は、必ず事業主と就業日数の算定方法を確認し合う

事業主が注意すべきポイント

人事担当者として育休給付金の申請を代行する際は、以下の点を必ず確認してください。

  • 労働者本人から就業実績の申告を書面で受け取ること
  • 申請書の就業日数欄と出勤簿の数値を必ず照合すること
  • 就業実態と申請内容に矛盾がないか最終確認してから提出すること
  • 育休中の業務依頼は慎重に行い、就業日数を超えないよう管理すること

事業主は「従業員が書いた通りに申請した」という立場であっても、内容確認義務があります。虚偽申請への加担と見なされないよう、申請書の内容確認は形式的でなく実質的に行うことが重要です。


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よくある質問(FAQ)

Q1. 育休中に1日だけ仕事をしたのに申告し忘れた場合も詐欺になりますか?

1日だけの未申告であれば、直ちに詐欺罪として刑事告発されることは通常ありません。ただし、給付要件との関係で返納義務が生じる可能性はあります。速やかにハローワークに申し出て訂正申請を行うことで、悪質な不正受給とは区別して処理されるケースがほとんどです。

Q2. 就業日数が月10日を超えてしまった場合、育休給付金は全額カットされますか?

月10日を超えた場合でも、就業時間が月80時間以内であれば支給対象になる場合があります。ただし、この場合も申請書への正確な記載が必要です。10日超かつ80時間超の場合はその支給単位期間(2か月の対象期間の1か月分)の給付が不支給となります。

Q3. 事業主の指示で育休中に働いていた場合、責任は誰が負いますか?

事業主の指示であっても、申請書に虚偽記載があれば労働者・事業主の双方が責任を問われる可能性があります。「上司に言われたから」という理由は免責事由にはなりません。事業主の関与が認められれば共犯として処分が科されます。

Q4. ハローワークからの調査通知が来た場合、弁護士に相談すべきですか?

はい、強くお勧めします。調査段階での発言・対応が処分の結果を左右します。調査通知を受け取ったら、なるべく早い段階で労働問題に詳しい弁護士または社会保険労務士に相談し、専門家の同席または助言のもとで対応することが賢明です。

Q5. 返納命令で一度に返せる額ではない場合、分割払いはできますか?

ハローワークによっては、返納額の分割払いに応じてもらえるケースがあります。ただし自動的に分割が認められるわけではなく、申請・交渉が必要です。弁護士や社会保険労務士を通じて対応することで、現実的な返済計画を立てやすくなります。


まとめ

育休給付金における就業開始日の偽造は、行政処分(全額返納・最大3倍の加算・支給停止)と刑事責任(詐欺罪・10年以下の拘禁刑)の両方が科される可能性がある重大な違反行為です。

「バレない」という考えは禁物で、ハローワークは出勤簿・税務情報・事業主通報などの多様なルートで不正を発見します。万が一、申告内容に誤りがある場合は、ただちに自主申告することが処分の軽減につながります。

育休給付金は、育児と収入の両立を支える大切な制度です。正確な理解と誠実な申告によって、安心して育休を取得できる環境を守りましょう。不安な点があれば、ハローワーク・弁護士・社会保険労務士への相談を積極的に活用してください。


本記事の内容は2025年時点の法令・制度に基づいています。制度は改正される場合があるため、最新情報はハローワーク(公共職業安定所)または厚生労働省の公式サイトでご確認ください。

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