育休給付金の申請で「少しくらい誤魔化しても大丈夫だろう」と考えたことはありませんか?あるいは、すでに申請を終えた後で「あの記載は問題なかったか」と不安を感じている方もいるかもしれません。
結論からいえば、育休給付金の虚偽記載は詐欺罪(刑法246条)が成立し、懲役10年以下という重大な刑事責任を問われる可能性があります。また刑事罰とは別に、受給した全額の返納に加えて加算金が課される行政処分も受けます。
本記事では、何が「虚偽記載」にあたるのか、どのような刑事・民事責任が生じるのか、どうやって発覚するのかを法的根拠とともに詳しく解説します。
育休給付金の「虚偽記載」とは何か──制度の仕組みと不正の定義
育休給付金の支給要件と申請の仕組み
育休給付金(育児休業給付金)は、雇用保険法第61条〜第67条を根拠とする公的給付です。雇用保険の被保険者が育児休業を取得した際に、休業前賃金の一定割合を補填することで、育児期間中の生活を支援することを目的としています。
主な支給要件は以下のとおりです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 被保険者資格 | 雇用保険の被保険者であること |
| 育休取得 | 1歳未満の子(条件次第で最長2歳まで延長可)の育児休業を取得していること |
| 就業日数 | 休業期間中の就業日数が各支給単位期間(原則1か月)に10日以下(10日超の場合は就業時間が80時間以下)であること |
| 雇用継続見込み | 育休終了後も雇用が継続される見込みがあること |
| 支払要件期間 | 育休開始前2年間に、賃金支払基礎日数が11日以上ある月が12か月以上あること |
支給額の目安
育休給付金の月額は、休業開始時の賃金日額に基づいて算出されます。
- 育休開始から180日目まで:休業開始時賃金の67%
- 181日目以降:休業開始時賃金の50%
- 支給上限額(2024年時点):67%適用期間は約31万円/月、50%適用期間は約23万円/月
申請はハローワークを通じて行い、事業主(会社)が被保険者に代わって申請書類を提出するのが一般的です。申請書には「育児休業給付受給資格確認票・(初回)育児休業給付金支給申請書」を使用し、2か月ごとに継続申請を行います。
この制度は国庫が一部を負担する公的な社会保障給付であるため、不正受給は個人への詐欺にとどまらず、社会全体への不正行為とみなされます。
「虚偽記載」と「記入ミス」の法的な違い──故意性が問われるポイント
虚偽記載と単純ミスでは、法的な扱いがまったく異なります。最も重要な判断基準は「故意性」です。
虚偽記載(刑事責任が問われ得る)
– 真実でないことを知りながら、意図的に事実と異なる内容を記載すること
– 不正な利益を得る目的(詐欺の故意)があること
– 例:副業で収入を得ているのに意図的に申告しない、実際には育休を取得していないのに取得したと記載する
記入ミス・単純誤記(民事対応にとどまる場合が多い)
– 悪意なく生じた誤記・記載漏れ・勘違いによるもの
– 発覚後に速やかに自己申告して訂正に協力している場合
– 例:日付の記入欄を誤った、就業日数の計算を間違えた
ただし、「ミスだった」と主張しても、客観的証拠から故意性が認定されれば刑事責任を免れません。たとえば副業収入が源泉徴収票に明記されているにもかかわらず「知らなかった」と主張しても、認められない可能性が高いです。
不正受給に問われやすい6つの典型的なケース
実際にハローワークや司法が問題視してきた不正受給の典型パターンを整理します。
① 育休中の副業・就労の隠蔽
育休中に別会社でアルバイトや業務委託で収入を得ながら、申請書の就業日数欄に「0日」と記載するケースです。就業日数が月10日(または就業時間80時間)を超えると給付金が支給されないため、これを隠蔽すると詐欺罪が成立し得ます。
② 実際には復職しているのに育休を継続申請
子どもを保育園に預けて復職しているにもかかわらず、会社と共謀して育休継続と偽って申請するケース。企業ぐるみの不正として刑事事件化した事例もあります。
③ 雇用継続の虚偽申告
実際には退職が決まっているのに「育休後に復帰予定」と記載して給付を受けるケースです。支給要件である「雇用継続の見込み」を満たさないため、虚偽記載にあたります。
④ 育休開始日・終了日の操作
実際の育休開始日より前の日付を記載して給付対象期間を水増しするケースです。
⑤ 保育所入所状況の虚偽申告
1歳以降の延長申請の際、「保育所に入所できない」という要件が必要ですが、実際には入所済みにもかかわらず「入所できない」と虚偽申告するケースです。
⑥ 子の出生・家族構成の虚偽
子どもが生まれていない、あるいは養育実態がないにもかかわらず申請するような悪質なケースも存在します。
虚偽記載で問われる刑事責任──詐欺罪・雇用保険法違反の罰則
詐欺罪(刑法246条)が成立する要件と量刑──懲役10年以下のリスク
育休給付金の不正受給には、刑法第246条の詐欺罪が適用される可能性があります。
刑法第246条
人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
詐欺罪が成立するためには以下の4要件を満たす必要があります。
- 欺罔行為:虚偽の申告など人(または国)を騙す行為
- 錯誤:騙された相手が誤信すること(ハローワークが虚偽を真実と誤認)
- 財物の交付:給付金が実際に支払われること
- 故意:騙す意図があること
育休給付金はハローワーク(国)が管理する公的資金であり、虚偽申告によってその交付を受ける行為はこれらの要件をすべて満たすため、詐欺罪が成立しやすい構造になっています。
量刑については、10年以下の懲役(罰金刑の選択的科刑なし)が法定刑です。実際の量刑は不正額・期間・悪質性・前科の有無によって異なりますが、初犯かつ少額であれば執行猶予付き判決になることが多い一方、長期・高額・組織的不正の場合は実刑のリスクが高まります。
なお、未遂でも詐欺未遂罪(刑法250条)が成立する点も覚えておく必要があります。申請書を提出した段階で「欺罔行為」は完了しており、実際に給付を受ける前でも罪が問われ得ます。
雇用保険法84条・85条違反として問われるケース
詐欺罪とは別に、雇用保険法独自の罰則規定も存在します。
雇用保険法第84条(不正受給の罰則)
偽りその他不正の行為により失業等給付(育児休業給付を含む)の支給を受けた者は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処する。
雇用保険法第85条(事業主への罰則)
不正受給に加担した事業主(申請書に虚偽を記載するなど)には、同様の罰則が適用される。
詐欺罪と雇用保険法違反は観念的競合の関係にある場合があり、より重い詐欺罪で処罰されることが実務上多いです。ただし、雇用保険法違反のみで立件されるケースもあり、特に金額が比較的少額な事案ではこちらが選択されることもあります。
| 法律 | 条文 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 刑法 | 第246条(詐欺罪) | 10年以下の懲役 |
| 雇用保険法 | 第84条 | 6か月以下の懲役または30万円以下の罰金 |
| 雇用保険法 | 第85条(事業主) | 6か月以下の懲役または30万円以下の罰金 |
民事責任(返納命令)と刑事責任は同時に問われるのか
結論:はい、民事責任と刑事責任は同時に問われます。
刑事手続き(詐欺罪・雇用保険法違反の起訴)と、行政処分(返納命令)は独立した手続きです。両者が並行して進むことが多く、刑事で不起訴になっても行政処分としての返納命令が免除されるわけではありません。
行政処分の具体的内容(雇用保険法第10条の4)
不正受給が認定されると、ハローワーク(都道府県労働局)から以下の行政処分が下されます。
① 支給取消・返納命令:不正に受給した給付金の全額返納
② 加算返還(いわゆる「二倍返し」):不正受給額と同額の納付命令(合計で不正受給額の2倍)
③ 延滞金:返納が遅れた場合、年3%の延滞金が加算
たとえば月20万円の給付金を6か月間不正受給した場合(合計120万円)、返納命令は120万円+加算金120万円=合計240万円となります。さらに延滞すれば延滞金も上乗せされます。
加えて、刑事裁判で有罪となれば懲役・罰金も科されるため、金銭的・社会的ダメージは極めて甚大です。
虚偽記載が発覚する主な経緯──ハローワークの調査手順
どうやって発覚するのか──主な発覚ルート
「申請書に虚偽を書いても分からないだろう」と考えるのは大きな誤解です。ハローワークは複数の情報源から不正を検知する仕組みを持っています。
① 税務署・市区町村からの情報連携
副業収入は確定申告や住民税の特別徴収により、税務当局に記録されます。税務署とハローワークは情報共有を行っており、申告所得と給付金受給状況に矛盾があれば調査のトリガーになります。
② 社会保険料の標準報酬月額の変動
復職して給与を受け取っていると、健康保険・厚生年金の標準報酬月額が変動します。この変動が育休中の給付金受給と矛盾する場合、ハローワークが調査に乗り出します。
③ 事業主・勤務先からの届出漏れや矛盾
会社が提出するタイムカード・賃金台帳・出勤記録とハローワークへの申請内容に食い違いがあれば発覚します。また、事業主が内部告発に応じるケースもあります。
④ 内部告発・通報
同僚・元配偶者・取引先などによる通報。ハローワークには不正受給に関する通報窓口が設けられています。
⑤ 副業先の源泉徴収票・支払調書
副業先が支払調書を税務署に提出した場合、そこから副業収入の存在が判明します。
⑥ SNS・インターネット上の情報
育休中に副業や就労を公言している投稿がきっかけで調査が始まったケースもあります。
ハローワークの調査フロー
不正の端緒がつかまれてから刑事告発に至るまでの流れは以下のとおりです。
Step 1:不正の端緒の把握
税務情報・内部告発・勤務先との情報照合などにより、ハローワークが不正の可能性を認識します。
Step 2:書類調査
申請書・添付書類・賃金台帳・出勤記録・源泉徴収票などの書類を精査し、申告内容との矛盾を確認します。
Step 3:本人・事業主への聴取(任意調査)
ハローワークの調査員が本人と事業主に対して事情聴取を行います。この段階での正直な説明と自主的な申告は、その後の処分軽減に影響することがあります。
Step 4:不正認定の判断
収集した証拠に基づき、不正受給に該当するかどうかを都道府県労働局が判定します。
Step 5:行政処分(返納命令・加算金)の通知
不正が認定されると、返納命令書が送付されます。指定期日までに納付しなければ延滞金が発生します。
Step 6:刑事告発の検討
悪質性が高い(高額・長期・組織的・証拠隠滅など)と判断された場合、ハローワーク・都道府県労働局から検察・警察への刑事告発が行われます。
Step 7:捜査・起訴・裁判
刑事告発を受けた警察・検察が捜査を開始し、証拠が十分であれば起訴されます。裁判で有罪となれば懲役・罰金が確定します。
重要なのは、Step 3の任意調査の段階で自主的に認め、速やかに返納に応じることが刑事告発を回避する上で最も有効な対応だという点です。
不正が疑われる・または発覚した場合の正しい対処法
自主申告の重要性と手続き
「申請内容に問題があったかもしれない」と気づいた段階で、できる限り早期にハローワークへ自主申告することが最善の対応です。
自主申告のメリットは以下のとおりです。
- 刑事告発を回避できる可能性が高まる(検察の起訴裁量に影響)
- 加算金の減額交渉の余地が生まれる場合がある
- 誠実な対応として調査機関からの評価が良くなる
自主申告の手順は次のとおりです。
- 管轄ハローワークに連絡し、担当窓口で相談の予約を取る
- 問題のある申請内容・期間・金額を自分で整理したメモを持参する
- 担当者に事情を正直に説明し、訂正申告書の提出方法を確認する
- 返納額が確定したら速やかに納付する(分割納付が認められる場合もある)
弁護士への相談が必要なケース
以下に該当する場合は、ハローワークへの対応前に刑事専門の弁護士に相談することを強く推奨します。
- すでにハローワークや警察から任意出頭・任意同行を求められている
- 不正受給額が高額(数十万円以上)または期間が長期にわたる
- 会社と共謀した疑いを持たれている
- 証拠隠滅や虚偽陳述を行ってしまった
- すでに検察に送検されている
弁護士が介入することで、捜査機関との適切なコミュニケーション、自首・示談交渉、起訴猶予を目指した弁護活動が可能になります。
企業(事業主)が取るべき対応
事業主が虚偽申請に加担した場合、雇用保険法第85条により同様の刑事罰が適用されます。また、加担の度合いによっては詐欺罪の共犯として起訴されるリスクもあります。
企業の人事担当者は以下の点を徹底してください。
- 申請書類の内容を必ず実態と照合し、虚偽記載の指示・容認・放置をしない
- 育休中の従業員が副業・就労を行っていないか定期的に確認する
- 従業員から「内容を少し変えてほしい」と依頼された場合は断固として拒否し、法務・社労士に相談する
- 不正が疑われる事案を発見した際は、速やかにハローワークへ報告する
企業が自主的にハローワークへ報告した場合、刑事告発が見送られたり、加算金が軽減されたりする可能性があります。
正しい育休給付金申請のために──チェックリスト
虚偽記載を防ぐために、申請前に以下の点を確認してください。
申請者(従業員)向けチェックリスト
- [ ] 申請対象期間中に、1日でも就労・副業をしていないか確認した
- [ ] 就業日数が各支給単位期間に10日以下(または就業時間80時間以下)であることを確認した
- [ ] 育休終了後に雇用が継続される予定があることを確認した
- [ ] 保育所への入所状況(延長申請の場合)を正確に記載した
- [ ] 子どもの出生日・育休開始日を証明書類と照合した
- [ ] 記載に迷う箇所は会社の人事担当者またはハローワークに確認した
事業主(人事担当者)向けチェックリスト
- [ ] タイムカード・出勤記録と申請書の就業日数が一致しているか確認した
- [ ] 従業員が育休中に副業・アルバイトをしていないか把握している
- [ ] 申請書類の記載内容を責任者が最終確認した
- [ ] 申請書に署名・捺印する前に内容の正確性を従業員と相互確認した
- [ ] 育休中の従業員との連絡体制を整備し、状況変化があれば速やかに報告される仕組みがある
育休給付金の申請に関するご不安やご質問がある場合は、ハローワーク・社会保険労務士・弁護士など専門家への相談をおすすめします。正確な申請は、あなた自身と家族の安心につながります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中に少しだけ仕事をした場合、必ずアウトになりますか?
一定の就業は認められています。各支給単位期間(原則1か月)に就業日数が10日以下、かつ就業時間が80時間以下であれば給付金は支給されます。ただし、正確に申告することが必須です。申告せずに就業した場合は虚偽記載とみなされます。
Q2. ミスに気づいたら、どうすればよいですか?
すぐに管轄のハローワークに連絡し、状況を正直に説明してください。故意のない誤記で速やかに訂正・返納に応じた場合、刑事責任を問われる可能性は大幅に低下します。放置することが最も危険です。
Q3. 会社の人事担当者が「こう書いて」と指示した場合、従業員も罪に問われますか?
はい。指示に従って虚偽を記載した場合でも、申請書に署名した従業員自身に詐欺罪が成立する可能性があります。「指示されたから」は免責理由にはなりません。おかしいと思ったら毅然と断り、社外の社労士や弁護士、あるいは労働基準監督署に相談してください。
Q4. 不正受給額が少額でも刑事告発されますか?
少額であれば刑事告発ではなく行政処分(返納命令・加算金)のみで終わることが多いです。ただし、悪質性や故意性が高いと判断された場合は少額でも刑事告発される場合があります。金額の多寡にかかわらず、不正行為は決して行わないことが重要です。
Q5. 時効はありますか?
詐欺罪の公訴時効は7年です(刑事訴訟法第250条)。一方、行政上の返納請求権については給付金受給から5年以内(雇用保険法)とされています。「時間が経てば安全」という考えは誤りであり、数年後に突然調査が始まるケースもあります。
Q6. 返納命令が来た場合、分割払いはできますか?
事情によってはハローワークに分割納付を相談できます。ただし分割が認められるかどうかは個別の事情によります。また分割払い中も延滞金が発生する場合があるため、できる限り早期の一括返納が望ましいです。
まとめ
育休給付金の虚偽記載は、単純な行政上のルール違反にとどまらず、詐欺罪(懲役10年以下)や雇用保険法違反(懲役6か月以下または罰金30万円以下)という重大な刑事責任につながります。
さらに行政処分として不正受給額の返納に加えて同額の加算金が課され、合計で不正受給額の2倍の返還が求められます。
「バレないだろう」という認識は誤りです。税務情報の連携・社会保険記録・内部告発など、複数の経路から不正は発覚します。
申請内容に不安がある方は、早めにハローワークや社会保険労務士、弁護士に相談することが最善の選択です。 正確な申請が、自分自身と家族、そして会社を守ることにつながります。
本記事は2024年時点の法令・制度に基づいて執筆しています。制度は変更される場合がありますので、最新情報は厚生労働省・ハローワークの公式情報をご確認ください。

