60歳以上で育児休業を取得する場合、高年齢雇用継続給付と育児休業給付金の両方を同時に受け取れるのかという疑問は、多くの労働者と人事担当者から寄せられます。
結論から申し上げると、原則として同一期間の併給はできません。しかし、状況によっては段階的な受給が可能です。本記事では、この複雑な給付制度の併給ルール、法的根拠、申請手続きを実務的に解説します。
育休給付金と高年齢雇用継続給付の併給ルール【結論】
なぜ併給できないのか?法的根拠
雇用保険法第16条と第23条に定める給付調整の原則により、「同一の保険事故に対して複数の給付は支給しない」という基本ルールが存在します。
育児休業給付金と高年齢雇用継続給付は、どちらも賃金喪失を補償する給付です。同時に受け取ると、労働者の「実質的な補償」が過度になり、給付制度の本来の目的(所得保障)を超えるため、法律上併給が禁止されているのです。
具体的な理由:
| 項目 | 理由 |
|---|---|
| 給付の目的の重複 | どちらも「休業による賃金喪失」を補填する |
| 雇用保険財政の健全性 | 限定的な雇用保険料で多くの給付に対応するため |
| 政策的優先度 | 育児休業給付金がより優先される給付として位置づけられている |
60歳以上で育児休業を取得する場合の受給順序
60歳以上の労働者が育児休業を取得する場合、以下のタイムラインで給付を受け取ります。
【受給フロー図】
年齢60歳で育児休業開始
↓
┌─────────────────────────────┐
│ PHASE 1:育児休業給付金 │
│ 期間:子が1歳~2歳未満 │
│ 給付率:67%(最初6ヶ月) │
│ 50%(7ヶ月目以降) │
└─────────────────────────────┘
↓
育児休業終了(子が2歳に達した)
↓
┌─────────────────────────────┐
│ PHASE 2:高年齢雇用継続給付 │
│ 対象:60歳以上65歳未満 │
│ 給付率:賃金低下率に応じた給付 │
└─────────────────────────────┘
↓
65歳到達で終了
ポイント:
- 育児休業給付金が優先される理由:育児・介護休業法は、子育ての社会的重要性を反映した制度で、政策的優先度が高い
- 段階的受給が成立:育児休業終了後、60歳以上要件を満たせば高年齢雇用継続給付への「移行」が可能
- 同時受給は不可:同一月における併給申請は、雇用保険窓口で処理されません
育児休業給付金の受給条件を完全解説
対象者と加入要件
育児休業給付金を受け取るには、以下のすべての要件を満たす必要があります。
| 要件 | 詳細 |
|---|---|
| 被保険者区分 | 一般の労働者(高年齢被保険者を含む) |
| 子の年齢 | 1歳~2歳未満(最大3歳に延長可能な場合あり) |
| 雇用保険加入期間 | 育休開始時点で12ヶ月以上の加入歴 |
| 賃金支払い実績 | 休業前2年間で30日以上の賃金支払い日がある |
| 休業理由 | 子を養育するための主たる理由が育児休業 |
| 就業時間制限 | 育休中の就業は月20時間未満に限定 |
加入期間の計算方法:
計算開始:最初に雇用保険に加入した日
計算終了:育児休業開始日
加入期間:継続した加入が必須
(途中で退職・転職は加入期間がリセット)
例:令和6年4月1日から雇用保険加入
→ 令和7年4月1日以降に育児休業開始なら要件を満たす
給付金額と給付率【令和6年度版】
基本的な給付金額計算式
【育児休業給付金の計算式】
給付日額 = 育児休業開始前の賃金日額 × 67%(または50%)
給付金額(月額)= 給付日額 × 30日
※ただし、上限額・下限額の制限あり
給付率の段階的低下
| 期間 | 給付率 | 目的 |
|---|---|---|
| 開始~6ヶ月目 | 67% | 初期段階の生活保障を手厚くする |
| 7ヶ月目~終了 | 50% | 職場復帰への段階的な適応 |
令和6年度の給付金上限額
【基本上限額】
・給付率67%適用期間:427,735円/月
・給付率50%適用期間:320,295円/月
※給付日額の上限 = 13,591円(令和6年4月~)
給付日額の下限 = 2,780円
【計算例1】
休業前月額賃金:450,000円の場合
→ 給付日額 = 14,516円(450,000円÷30日)
→ 上限適用 = 13,591円に調整
→ 月給付金 = 13,591円 × 30日 = 407,730円
【計算例2】
休業前月額賃金:300,000円の場合
→ 給付日額 = 10,000円(300,000円÷30日)
→ 月給付金 = 10,000円 × 67% × 30日 = 201,000円
受給対象外となるケース
以下に該当する場合、育児休業給付金は支給されません。
❌ 給付対象外パターン:
① 育休開始時点で雇用保険加入12ヶ月未満
② 休業前2年間の賃金支払い日が30日未満
③ 育休中に月20時間以上の就業がある
④ 育児休業ではなく「欠勤」扱いの場合
⑤ 子の年齢が2歳以上(特別な事由がない場合)
⑥ 育児休業を理由としない賃金喪失
⑦ 自営業者など被保険者区分外の者
⚠️ 対策:自社の就業規則で育児休業の取扱いを確認し、
「欠勤」ではなく「育児休業」として申請すること
高年齢雇用継続給付の受給条件と給付額
60歳以上の労働者が受け取れる給付
高年齢雇用継続給付は、60歳以降の賃金低下を補填する制度です。育児休業との関係で理解するため、以下を整理します。
| 要件 | 詳細 |
|---|---|
| 被保険者年齢 | 60歳以上65歳未満 |
| 雇用保険加入期間 | 5年以上(加入が継続していることが必須) |
| 賃金低下要件 | 60歳時点の賃金に比べて75%未満に低下 |
| 就業状態 | 60歳以降も同一事業所で雇用継続 |
給付額の計算方法
【高年齢雇用継続給付の計算式】
給付金月額 = (60歳時点の月額賃金 - 現在の月額賃金) × 15%
【ただし上限額あり】
・給付金の最高額 = 約14,933円/月(令和6年度)
・給付対象となる賃金低下 = 最低でも25%以上の低下
【計算例】
60歳時点の月額賃金:400,000円
現在の月額賃金:280,000円(低下率30%)
給付金月額 = (400,000円 - 280,000円) × 15%
= 120,000円 × 0.15
= 18,000円
→ 上限額14,933円に調整される
→ 実支給額 = 14,933円/月
育休給付金と高年齢雇用継続給付の「段階的受給」パターン
パターンA:60歳で育児休業を開始する場合
【タイムライン】
令和6年4月(年齢60歳0ヶ月)
└─→ 育児休業開始(子が0歳)
令和6年4月~令和8年4月
├─→ PHASE 1:育児休業給付金を受給
│ 期間:子が1歳~2歳未満(24ヶ月)
│ 支給額:月額200,000円~320,000円(給付率による)
│ ※高年齢雇用継続給付は「同時受給しない」
│
令和8年4月(年齢62歳0ヶ月)
└─→ 育児休業終了
令和8年5月~令和9年3月
├─→ PHASE 2:高年齢雇用継続給付へ移行
│ 条件:60歳以上かつ賃金が75%未満に低下
│ 期間:~65歳到達まで
│ 支給額:月額14,933円(上限)
│
└─→ この時点で「給付の競合」がなくなり、受給可能
判定チェックリスト:
- ☑ 育児休業給付金受給中は、高年齢雇用継続給付の申請をしない
- ☑ 育児休業終了時に、改めて高年齢雇用継続給付の要件を確認
- ☑ 給付申請は別の手続きになるため、書類を分けて管理
パターンB:55歳で育児休業、60歳を超えて継続する場合
【複数期間での給付状況】
年齢55歳
└─→ 育児休業開始(子が0歳)
年齢55~57歳
├─→ PHASE 1:育児休業給付金を受給
│ 期間:子が1歳~3歳未満(延長制度利用)
│ 支給額:月額200,000円程度
年齢57~60歳
├─→ 育児休業継続中だが、給付金は終了(子が3歳超)
│ この間は賃金から生活費を捻出
年齢60歳到達
└─→ 60歳以上の要件を満たすか確認
├─ 賃金が75%未満に低下している
├─ 同一事業所で雇用継続
└─ 【条件を満たす場合】高年齢雇用継続給付へ移行可能
育休給付金の申請手続きと必要書類
申請窓口と申請期限
【申請窓口】
・住所地の「ハローワーク」
・郵送による遠隔申請も可能
・オンライン申請(マイナポータルを利用)
【申請期限】
・育児休業開始日から「2ヶ月以内」に初回申請
・以降、2ヶ月ごとに支給申請書を提出
・遅延申請も可能ですが、給付金支払いが遅れます
初回申請に必要な書類
| 書類 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 育児休業給付金受給資格確認票・給付申請書 | ハローワーク | 様式:HK381(令和6年版) |
| 母子健康手帳のコピー | 医療機関 | 出産予定日が確認できるページ |
| 本人確認書類 | 発行機関 | 運転免許証、パスポートなど |
| 雇用保険被保険者証 | 事業所またはハローワーク | 雇用保険加入の証拠 |
| 給与明細のコピー | 事業所 | 過去3ヶ月分(休業前の賃金を証明) |
| 休業開始予定証明書 | 事業所 | 会社に記入・押印を依頼 |
2ヶ月ごとの支給申請書類
【定期申請】
毎月末日~翌月10日に
「育児休業給付金支給申請書」(様式:HK383)を提出
【記載内容】
□ 氏名・住所・雇用保険番号
□ 支給対象期間(申請月から前月まで)
□ 休業日数
□ 就業の有無(月20時間未満の場合は記載)
□ 事業所名・担当者名(会社に記入を依頼)
【提出方法】
・ハローワークの窓口
・郵送(返信用封筒が同封されている)
・マイナポータルによるオンライン申請
高年齢雇用継続給付の申請手続き
申請のタイミングと流れ
高年齢雇用継続給付の申請は、育児休業終了後に行います。
【申請フロー】
STEP 1:育児休業から復帰(職場に戻る)
↓
STEP 2:復帰から「1ヶ月以内」にハローワークに相談
↓
STEP 3:以下の要件確認
├─ 60歳以上65歳未満か?
├─ 雇用保険加入5年以上か?
├─ 賃金が60歳時点の75%未満か?
└─ 現在の職場で継続雇用されているか?
↓
STEP 4:必要書類を準備して申請
↓
STEP 5:初回給付から毎月申請(定期的に)
必要書類
| 書類 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 高年齢雇用継続給付受給資格確認票 | ハローワーク | 様式:HK375(令和6年版) |
| 60歳到達時の給与明細 | 事業所 | 賃金低下の基準月 |
| 現在の給与明細 | 事業所 | 最新3ヶ月分 |
| 雇用保険被保険者証 | 事業所またはハローワーク | 加入期間を証明 |
| 身分証明書のコピー | 発行機関 | 運転免許証など |
| 雇用契約書のコピー | 事業所 | 雇用形態・職務内容を明記 |
よくある質問(FAQ)
Q1:育児休業中に高年齢雇用継続給付を申請したら、どうなるか?
A:申請は受け付けられません。
ハローワークでは、育児休業給付金の受給資格がある月は、高年齢雇用継続給付の申請を「受理しない」処理をしています。申請した場合、以下のいずれかの対応になります:
- 申請書が返却される
- 育児休業給付金優先で処理され、高年齢雇用継続給付は無視される
- ハローワークから確認の電話がかかってくる
対策:育児休業終了後、改めて高年齢雇用継続給付の申請をしてください。
Q2:育児休業を2度取得する場合(2人目の子)、給付金はどうなるか?
A:子ごとに独立した給付金が支給されます。
【2人目出産の場合】
1人目:令和6年4月~令和8年4月(育児休業給付金受給)
↓
2人目:令和8年6月~令和10年6月(新たに育児休業給付金受給)
【給付のポイント】
✓ 別々の休業期間として扱われる
✓ 2人目の育児休業給付金の要件も改めて確認
✓ 1人目終了と2人目開始の間に、短期間の職場復帰があれば可
✓ ただし、給付金の上限額は「同一年度」のルールに従う
Q3:育児休業給付金を受け取った後、すぐに転職した場合、返金の必要があるか?
A:基本的には返金不要ですが、条件次第です。
【ケース別対応】
パターンA:育児休業終了後に転職
└→ 給付金の返金不要
理由:育児休業給付金は「受給済み」のため
パターンB:育児休業中に退職
└→ 以降の給付金は支給されない
理由:被保険者要件を失うため
返金:不要(既受給分は返金義務なし)
パターンC:給付金受給後、不正受給の発覚
└→ 返金 + 徴収金が課される可能性あり
理由:虚偽申告の場合
Q4:育児休業給付金の上限額に達してしまったら、その後はもらえないのか?
A:月ごとの上限額(427,735円など)は、その月の給付をキャップするもので、「通算上限」ではありません。
【上限額の考え方】
・育児休業給付金には「月ごとの上限額」がある
例)令和6年度:427,735円/月
・この上限に達した場合、その月の給付は427,735円で止まる
・翌月以降も上限額は「リセット」され、
新たに給付の対象となる
・つまり、通算で〇〇万円まで、という制限はない
【例】
月額給与500,000円の労働者
└→ 月給付金=50%(7ヶ月目以降) × 500,000円 = 250,000円
上限額427,735円を下回るため、全額支給
まとめ:育休給付金と高年齢雇用継続給付の受給ステップ
60歳以上で育児休業を取得する労働者が、両方の給付を活用するには、段階的な受給計画が重要です。
チェックリスト:自分の受給パターンを確認
□ 育児休業開始時点で、雇用保険加入12ヶ月以上?
YES → 育児休業給付金の対象
□ 育児休業終了時点で、60歳以上65歳未満?
YES → 高年齢雇用継続給付の対象候補
□ 雇用保険加入が5年以上継続している?
YES → 要件クリア
□ 復帰後の賃金が、60歳時点の75%未満に低下?
YES → 高年齢雇用継続給付を受給できる可能性が高い
□ すべてYESの場合:
→ 育児休業給付金(1~2年)→ 高年齢雇用継続給付(~65歳)
の「段階的受給」が可能
手続きの流れ(実務版)
- 育児休業開始の2ヶ月前:ハローワークに事前相談
- 育児休業開始直後:育児休業給付金の初回申請(必要書類持参)
- 以降2ヶ月ごと:支給申請書をハローワークに提出
- 育児休業終了予定1ヶ月前:高年齢雇用継続給付の要件確認
- 育児休業終了後1ヶ月以内:高年齢雇用継続給付の受給資格確認票を提出
関連する法律・制度の参考情報
本記事で説明した内容は、以下の法令に基づいています。
- 育児・介護休業法(令和3年改正)
- 雇用保険法第16条・第23条(給付の基本ルール)
- 雇用保険給付関係業務取扱要領(厚生労働省告示)
- 令和6年度雇用保険給付上限額(毎年4月更新)
困った場合の相談窓口:
- ハローワーク(https://www.hellowork.go.jp/)
- 厚生労働省育休関連情報(https://www.mhlw.go.jp/)
- 労働基準監督署(法律相談)
- 全国社会保険労務士会(給付計算相談)
記事内で説明した制度は、令和6年度の基準に基づいています。制度改正や個別の事情によって異なる場合があるため、必ずハローワークに相談してください。
よくある質問(FAQ)
Q. 育休給付金と高年齢雇用継続給付は同時に受け取れますか?
A. いいえ、原則として同一期間の併給はできません。雇用保険法で同一の保険事故に対する複数給付が禁止されており、育児休業給付金が優先されます。
Q. 60歳以上で育児休業を取得する場合、給付はどうなりますか?
A. 育児休業給付金を受け取った後、育児休業終了後に高年齢雇用継続給付へ移行できます。段階的な受給が可能です。
Q. 育児休業給付金の受給に必要な雇用保険加入期間は?
A. 育休開始時点で12ヶ月以上の継続加入が必須です。途中で退職・転職するとリセットされるため注意が必要です。
Q. 育児休業給付金の給付率は一律ですか?
A. いいえ、最初の6ヶ月は67%、7ヶ月目以降は50%に低下します。職場復帰への段階的適応が目的です。
Q. 育休中に働くと給付金はどうなりますか?
A. 月20時間未満の就業であれば受給できますが、それを超えると給付対象外となります。就業時間の制限があります。

