妊娠がわかったとき、「産前休業はいつから取ればいいの?」「会社に日程を決められてしまうの?」と不安に感じる方は少なくありません。
結論から言えば、産前休業の開始日を決める権利は、企業ではなく労働者本人にあります。 これは「労働基準法」という法律によって明確に保障されている権利です。企業が開始日を一方的に決めたり、申請を拒否したりすることは法律違反になります。
本記事では、産前休業の決定権の根拠となる労働基準法第65条の解説から、対象者の条件・取得可能期間の計算方法・申請手順・必要書類・出産手当金まで、妊娠中の方も企業の人事担当者も理解できるよう、わかりやすく解説します。
産前休業の「決定権」は労働者にある——法律が保障する権利の全体像
| 項目 | 産前休業 | その他の休業制度 |
|---|---|---|
| 決定権者 | 労働者本人 | 企業と協議で決定 |
| 法的根拠 | 労働基準法第65条第1項 | 各個別法令 |
| 取得可能時期 | 出産予定日の6週間前 | 制度により異なる |
| 企業の拒否権 | なし(拒否は違法) | 制度による |
| 給与保障 | 出産手当金(健保から) | 制度による |
産前休業をいつから取得するかは、妊娠している労働者本人が決定できます。これは慣例やルールではなく、国の法律によって定められた権利です。「会社の都合に合わせなければならない」「上司の許可が必要」というのは誤解です。申請さえすれば、企業は拒否できません。
労働基準法第65条第1項が定めるルールとは
産前休業の根拠法令は、労働基準法第65条第1項です。条文は以下の通りです。
「使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあっては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。」
ここで最も重要な言葉が「請求した場合」という表現です。
「請求」とは、労働者側からの申し出を意味します。企業が「そろそろ休んだほうがいい」と判断して開始日を決めることではなく、あくまで妊娠している労働者本人が「この日から休む」と申請することで初めて産前休業が始まる仕組みです。
つまり、産前休業は企業が与えるものではなく、労働者が「使う・使わない」「いつから使うか」を自分で決めることができる権利なのです。
「企業側は拒否できない」——使用者義務の範囲
労働基準法第65条第1項は、「就業させてはならない」という禁止規定の形式をとっています。これは非常に強い表現であり、労働者から申請があった場合、企業にはその労働者を働かせない義務が自動的に発生します。
企業が行ってはいけない行為の具体例を以下に示します。
| 企業側のNG行為 | 法的評価 |
|---|---|
| 申請を受け付けない・無視する | 労働基準法違反 |
| 「もう少し先にしてほしい」と遅らせる | 労働基準法違反 |
| 「業務の都合上、取得は難しい」と断る | 労働基準法違反 |
| 申請した日より後の開始日を一方的に指定する | 労働基準法違反 |
違反した場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金(労働基準法第119条)が使用者に科される可能性があります。
なお、産後休業(出産翌日から8週間)については別のルールがあり、こちらは労働者の意思にかかわらず原則として企業が就業させることを禁止されています。産前休業とは性質が異なり、企業側が提供義務を負う制度として機能します。
産前休業を取得できる対象者の条件——雇用形態・勤続年数は関係ない
「自分はパートだから対象外では?」「入社して日が浅いけど取得できる?」といった疑問をもつ方も多いですが、産前休業の取得条件はシンプルです。
妊娠中の女性労働者であること。それだけです。
正規社員・パート・派遣でも取得できる理由
労働基準法は、適用対象を「労働者」と定めており、雇用形態による区別を設けていません。正社員・パートタイム・アルバイト・派遣社員・契約社員のいずれであっても、使用者(企業)との間に雇用契約が存在する限り、労働基準法の保護が及びます。
| 雇用形態 | 産前休業の取得可否 |
|---|---|
| 正社員 | ✅ 取得可能 |
| パートタイム・アルバイト | ✅ 取得可能 |
| 派遣社員 | ✅ 取得可能(派遣元が使用者) |
| 契約社員・嘱託社員 | ✅ 取得可能 |
| 入社直後(試用期間中) | ✅ 取得可能 |
勤続年数についても制限はなく、入社翌日に妊娠が判明した場合でも申請可能です。
なお、派遣社員の場合、休業の申請先は派遣先企業ではなく派遣元(雇用主) となります。産前休業中の手続きや給付金の申請も派遣元を通じて行う点に注意が必要です。
多胎妊娠の場合は取得可能期間が異なる
単胎妊娠(1人の赤ちゃんを妊娠)と多胎妊娠(双子・三つ子など)では、産前休業を取得できる期間が異なります。
| 妊娠の種別 | 取得可能な産前休業の起算日 |
|---|---|
| 単胎妊娠 | 出産予定日の6週間前(42日前) から |
| 多胎妊娠 | 出産予定日の14週間前(98日前) から |
多胎妊娠の場合に期間が長く設定されているのは、体への負担が大きく、より長期間の保護が必要と判断されているためです。
対象外となるケース(自営業・フリーランス)
労働基準法は「使用者と労働者の間の雇用関係」に適用される法律です。そのため、以下の働き方の方は産前休業(労働基準法に基づくもの)の対象外となります。
- 自営業者・個人事業主
- フリーランス(業務委託契約のみ)
- 農業・水産業などの特定業種で5人未満の事業所に従事する方(一部適用除外)
ただし、自営業者やフリーランスの方も、国民健康保険組合の制度や各種支援策を活用できる場合があります。詳細は加入している健康保険組合や市区町村の窓口にご相談ください。
産前休業の開始日はいつから?取得可能期間の正しい計算方法
産前休業を取得できる「最も早い日」は法律で定められていますが、その範囲内であればいつから取得するかは労働者が自由に決定できます。 「法律で決まった日から必ず取らなければならない」ということはありません。
出産予定日を基準にした計算方法
産前休業の開始可能日は、出産予定日を基準にした週数で決まります。
単胎妊娠の例(出産予定日が2025年9月1日の場合)
| 計算 | 結果 |
|---|---|
| 出産予定日 | 2025年9月1日(月) |
| 6週間前 = 42日前 | 2025年7月21日(月)が最も早い産前休業開始可能日 |
「6週間前」とは、出産予定日から遡った42日前のことです。カレンダーで逆算する際は、出産予定日から1日ずつ42日分さかのぼった日が取得可能開始日となります。
多胎妊娠の例(出産予定日が2025年9月1日の場合)
| 計算 | 結果 |
|---|---|
| 出産予定日 | 2025年9月1日(月) |
| 14週間前 = 98日前 | 2025年5月26日(月)が最も早い産前休業開始可能日 |
出産予定日と実際の出産日が異なった場合
赤ちゃんが予定日より早く生まれた場合や、遅れて生まれた場合でも、産前休業のルールは以下のように扱われます。
- 予定日より早く出産した場合:産前休業は実際の出産日の前日までとなります(休業期間は予定より短くなります)
- 予定日より遅く出産した場合:出産日まで産前休業が延長されます(休業期間は予定より長くなります)
出産予定日を超えて産前休業が延びた場合でも、その期間は産前休業として扱われます。
産前休業の申請手順——STEP別の具体的な手続き
産前休業の申請は複雑ではありません。以下の5つのステップに沿って進めれば、スムーズに手続きを進められます。
STEP 1:妊娠の確認と出産予定日の確定
まず産婦人科を受診し、妊娠の確認と出産予定日を医師に確定してもらいます。この時点で「母子健康手帳」の交付も受けましょう(市区町村の窓口で申請)。
取得後の手続きで「出産予定日の証明」が求められる場面が複数ありますので、医師の診断書または診断情報が記載された書類を大切に保管してください。
STEP 2:産前休業の取得時期を自分で決める
法律で定められた取得可能期間(単胎:6週間前〜、多胎:14週間前〜)の中で、自分の体調・業務状況・引継ぎスケジュールなどを考慮しながら、開始日を決定します。
「いつから取るべきか」に正解はありません。 体調に問題がなければ出産直前まで働くことも、余裕をもって早めに休業を開始することも、労働者の自由です。
ただし、医師から就業制限や安静の指示が出ている場合は、それに従うことが優先です。
STEP 3:会社に産前休業申請書を提出する
開始日が決まったら、会社に「産前休業申請書」を提出します。
産前休業申請書に法定の様式はありませんが、記載が必要な最低限の情報は以下の通りです。
| 記載項目 | 内容 |
|---|---|
| 申請者氏名・所属部署 | 本人情報 |
| 出産予定日 | 医師の証明に基づく日付 |
| 産前休業開始希望日 | 労働者が決定した日付 |
| 産後復帰予定日(任意) | 分かる範囲で記載 |
| 提出日 | 申請日 |
会社が独自様式を用意している場合はそちらを使用しますが、ない場合は自作しても問題ありません。
STEP 4:会社が申請を受理・確認する
会社は提出された申請書を受理します。この時点で産前休業の開始日が確定します。企業側は受理を拒否できません。
申請書のコピーや受理確認のメモなど、申請した記録を手元に残しておくことを強くおすすめします。 万が一トラブルが起きた際の証拠になります。
STEP 5:出産手当金の申請準備を進める
産前休業中は給与が支払われない場合、健康保険から「出産手当金」を受け取ることができます。申請書類を事前に確認し、準備を始めましょう(詳細は後述)。
申請に必要な書類一覧
産前休業の取得から給付金受給までに必要な書類をまとめます。
労働者が準備する書類
| 書類名 | 用途 | 発行元 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 産前休業申請書 | 休業開始日の申請 | 会社書式または自作 | 必須 |
| 妊娠診断書または母子健康手帳 | 妊娠・出産予定日の証明 | 医師・市区町村 | 必須 |
| 健康保険被保険者証 | 出産手当金申請時に必要 | 勤務先または健康保険組合 | 給付申請時に使用 |
| 出産手当金支給申請書 | 出産手当金の受給申請 | 全国健康保険協会(協会けんぽ)または健保組合 | 産後に申請 |
企業が準備・確認する書類
| 書類名 | 用途 |
|---|---|
| 産前休業申請書の受理確認書 | 申請受理の記録 |
| 産前産後休業期間に関する社会保険料免除申出書 | 社会保険料の免除申請(年金事務所へ提出) |
| 出産手当金支給申請書(事業主記載欄) | 給付申請のサポート |
産前休業中の給付金——出産手当金の仕組みと計算方法
産前休業中に受け取れる主な給付金が「出産手当金」です。雇用保険ではなく健康保険から支給される制度です。
出産手当金の支給要件
以下の条件をすべて満たす必要があります。
- 健康保険の被保険者であること(扶養家族は対象外)
- 妊娠・出産を理由として仕事を休んでいること
- 休業中に給与が支払われていないこと(給与が支払われる場合は差額支給)
パートタイムや派遣社員の方でも、勤務先の健康保険に加入していれば受給できます。国民健康保険(自営業者向け)には出産手当金制度がありません。
支給期間
| 期間 | 内容 |
|---|---|
| 産前 | 出産予定日の42日前(多胎は98日前)から出産日まで |
| 産後 | 出産翌日から56日間(8週間) |
合計で最大98日間(単胎)、多胎の場合は154日間の支給を受けられます。
支給金額の計算方法
出産手当金の1日あたりの支給額は以下の計算式で算出します。
1日あたりの支給額 = 支給開始日以前12か月間の標準報酬月額の平均額 ÷ 30日 × 2/3
計算例:
標準報酬月額の平均が30万円の場合
300,000円 ÷ 30日 × 2/3 ≒ 6,667円/日
産前休業42日間(単胎)+ 産後休業56日間 = 98日間の場合
6,667円 × 98日 ≒ 653,366円(概算)
実際の支給額は、過去12か月の標準報酬月額をもとに算定されます。正確な金額は加入している健康保険組合または全国健康保険協会(協会けんぽ)の窓口で確認できます。
社会保険料の免除
産前産後休業期間中は、健康保険料・厚生年金保険料が免除されます。免除手続きは事業主(企業)が年金事務所に申請しますが、手続きが行われているか確認しておくと安心です。
免除期間も年金の加入期間としてカウントされるため、将来の年金受給額には影響しません。
企業の人事担当者が注意すべきポイント
企業の人事担当者として、産前休業の申請を受けた際に押さえておくべき重要事項を整理します。
申請を受けたら即時対応が原則
労働者から産前休業の申請があった場合、拒否・保留・先延ばしは法律違反です。申請書を受理し、開始日を確定させる手続きを速やかに進めてください。
「業務の引き継ぎが終わっていない」「繁忙期だから待ってほしい」といった理由で申請を遅らせることも認められません。業務の引き継ぎは、休業開始までの期間内で対応するのが企業側の責任です。
不利益取扱いの禁止
産前休業を取得したことを理由として、以下のような不利益な取扱いをすることは禁止されています(男女雇用機会均等法第9条)。
- 解雇・雇い止め
- 降格・減給
- 不利な配置転換
- 契約更新の拒否
違反した場合、行政指導・公表・裁判上の請求の対象となる可能性があります。
社会保険料免除の申請を忘れずに
産前産後休業期間中の社会保険料免除申請(健康保険・厚生年金)は、企業が年金事務所に届け出る必要があります。労働者が自分で手続きするものではないため、企業側が責任をもって申請しましょう。
まとめ——産前休業は労働者が自分で決める権利
本記事の要点を整理します。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 決定権の所在 | 産前休業の開始日は労働者が決定する。企業に決定権はない |
| 法的根拠 | 労働基準法第65条第1項 |
| 対象者 | 妊娠中の女性労働者すべて。雇用形態・勤続年数は不問 |
| 取得可能期間 | 単胎:出産予定日前6週間(42日)から、多胎:前14週間(98日)から |
| 企業の義務 | 申請があれば就業させてはならない。拒否は法律違反 |
| 給付金 | 健康保険から出産手当金(標準報酬月額の約2/3)が支給される |
| 社会保険料 | 産前産後休業期間中は免除される |
産前休業は、妊娠中の女性を守るために法律が定めた大切な権利です。「申し訳ない」「迷惑をかける」と遠慮する必要はありません。体と赤ちゃんの健康を最優先に考えて、適切なタイミングで権利を行使してください。
もし企業から不当な扱いを受けた場合は、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室) または最寄りの労働基準監督署に相談することができます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 産前休業の申請は何日前までにすればよいですか?
法律上、申請期限は定められていません。ただし、企業が業務の引き継ぎを準備するために、一般的には休業開始の2〜4週間前を目安に申請することが推奨されます。体調が急変した場合は、申請が直前になっても法的には問題ありません。
Q2. パートで週3日勤務ですが、産前休業は取得できますか?
はい、取得できます。労働基準法は雇用形態や勤務日数による区別を設けていません。週3日勤務のパートタイム労働者であっても、妊娠中の女性であれば産前休業を申請する権利があります。出産手当金については、勤務先の健康保険に加入しているかどうかで受給可否が変わります。
Q3. 双子を妊娠しています。産前休業はいつから取得できますか?
多胎妊娠の場合、出産予定日の14週間前(98日前) から産前休業を取得できます。これは単胎妊娠の6週間前より大幅に早く、体への負担を考慮して法律で定められています。医師に出産予定日と多胎妊娠の診断書を発行してもらい、企業に申請してください。
Q4. 会社が「人手不足だから産前休業は取れない」と言いました。どうすればよいですか?
それは違法です。労働基準法第65条第1項に基づき、企業は申請を拒否することができません。まずは申請書を書面で提出し、受理を求めましょう。それでも拒否される場合は、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)(各都道府県の労働局に問い合わせ)または労働基準監督署に相談してください。
Q5. 産前休業中に出産手当金をもらうには、自分で申請が必要ですか?
はい、出産手当金は自動的には支給されず、自分で申請する必要があります。 申請書(全国健康保険協会または健保組合の様式)に、医師・助産師の証明と事業主の証明を記載してもらい、加入している健康保険組合または協会けんぽに提出します。申請は産後に一括して行うのが一般的ですが、産前・産後分を分けて申請することも可能です。
Q6. 産前休業を取得しなかった分は、産後休業に上乗せできますか?
できません。産前休業と産後休業は別々の制度です。産前休業を早めに切り上げたり、取得しなかったりしても、産後休業が延長されるわけではありません。産後休業は出産翌日から原則8週間、法律により取得が義務付けられています。

