育休から復帰したら部署が変わっていた、あるいは役職を外されていた――そんな経験や不安を抱える方は少なくありません。育休中の異動・配置転換はすべてが違法というわけではありませんが、法律が守る「同一職務復帰権」を侵害する場合は明確に違法です。
本記事では、育児・介護休業法の条文から実際のトラブル対処法まで、育休取得者・企業人事担当者の双方が必要な情報を体系的に解説します。
育休中に配置転換・異動を命じられた――まず法律で確認すること
育休中に会社から「復帰先の部署が変わります」と連絡が来たとき、最初に確認すべきは育児・介護休業法第10条です。この条文が、育休取得者の雇用上の権利を守る核心的な規定となっています。
育児・介護休業法第10条とは?条文をわかりやすく解説
育児・介護休業法第10条は「不利益取扱いの禁止」を定めた条文です。条文の要旨を平易な言葉でまとめると以下のとおりです。
事業主は、労働者が育児休業の申出をし、または育児休業をしたことを理由として、解雇・降格・減給・不利益な配置転換その他の不利益な取扱いをしてはならない。
また、同法第9条では「育休終了後は、原則として休業前と同一の職務に就かせなければならない」という同一職務復帰権が定められています。さらに令和3年(2021年)の法改正により、企業に対して育休取得の働きかけや環境整備の義務が強化され、不利益取扱いへの監視も一層厳格化されました。
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 育児・介護休業法 第9条 | 同一職務復帰権の規定 |
| 育児・介護休業法 第10条 | 育休に伴う不利益取扱いの禁止 |
| 同法施行規則 第34条 | 復帰職務の基準(同一職務の定義) |
| 厚労省指針(令和3年改正) | 異動と育休の関連規定の明確化 |
違法になる異動・ならない異動の決定的な違い
配置転換・異動のすべてが違法になるわけではありません。「育休取得を理由としているかどうか」「不利益を生じさせているかどうか」が判断の核心です。
| 違法となるケース | 合法となるケース |
|---|---|
| 育休取得への報復的な降格・配置転換 | 会社全体の組織改編に伴う異動 |
| 給与が下がる職務への異動(育休理由) | 業務上の合理的必要性がある異動 |
| 役職を外すことへの一方的な通知 | 本人が希望した配置転換 |
| 復帰前の内示なしに職場・職種変更 | 同等の処遇・給与を維持した異動 |
判断が難しい「グレーゾーン」も存在します。たとえば「組織改編」を名目にしていても、その実態が育休取得者のみを狙い撃ちにしていれば違法と判断される可能性が高くなります。
同一職務復帰権とは――誰に、どこまで認められるか
「同一職務復帰権」とは、育休終了後に休業前と同じ職務・職位・処遇に戻れる権利を指します。これは単なる会社の配慮ではなく、法律が定める労働者の権利です。
同一職務復帰権が認められるための5つの要件
| 要件 | 具体的条件 | 備考 |
|---|---|---|
| ①雇用保険の被保険者 | 育休取得時に雇用保険に加入している | 正社員・契約社員・パートを含む |
| ②勤続1年以上 | 育休取得予定日までに1年以上の勤続 | 令和4年改正で有期雇用者も適用拡大 |
| ③育休期間が適正 | 原則1年以内(延長で最大2年) | 延長取得者も権利は保護される |
| ④復帰意思の明示 | 復帰予定日を事前に会社へ通知 | 育休終了の2週間前までが目安 |
| ⑤育休申出が適正 | 所定の手続きで育休を申し出ている | 就業規則・会社所定の申請書使用 |
具体例:営業部長が育休を取得した場合
育休前:営業部長(月給45万円・部下10名管理)
↓ 育休取得(1年間)
復帰後(適法):同一の営業部長として復帰
復帰後(違法):「営業担当」として復帰(降格・給与減少)
上記のように、職位・業務内容・給与ラインのいずれかが一方的に下げられた場合は、不利益取扱いに該当する可能性が高いです。
パート・契約社員にも適用される?雇用形態別の適用範囲
「正社員だけの話では?」と思われがちですが、同一職務復帰権は雇用形態を問わず適用されます。
| 雇用形態 | 適用 | 条件 |
|---|---|---|
| 正社員 | ✅ 適用 | 要件を満たせば全員対象 |
| 契約社員・嘱託 | ✅ 適用 | 育休取得時に契約更新見込みがある場合 |
| パートタイム | ✅ 適用 | 雇用保険加入・1年以上勤続が条件 |
| 日雇い労働者 | ❌ 対象外 | 雇用保険未加入のため |
令和4年(2022年)の法改正では、有期雇用労働者の育休取得要件が緩和され、「育休開始予定日から起算して1年以上継続して雇用されていること」という要件が撤廃されました。これにより、勤続1年未満のパート・契約社員でも育休取得・同一職務復帰権の保護対象となっています(労使協定による除外が可能な場合あり)。
育休中の異動が「合法」と判断される3つのケース
すべての異動が違法になるわけではありません。企業側が適切な手続きと合理的な理由を示せば、育休中の異動が認められるケースがあります。
ケース①:会社全体の組織改編・部署廃止が発生した場合
事業環境の変化により、会社が組織全体を再編成し、特定の部署が廃止・統合された場合は、育休取得者の配置転換が合法と認められる可能性があります。
企業担当者が確認すべき合理性の立証ポイント
- ✅ 組織改編が育休取得者だけでなく、他の社員にも等しく影響していること
- ✅ 改編の業務上の理由・目的が明確であること(単なる人件費削減名目は要注意)
- ✅ 異動後の職位・給与が同等かそれ以上であること
- ✅ 本人への事前説明・協議を行い、同意を得る努力をしていること
注意点: 「組織改編」を名目にしていても、育休取得者のみが不利益を受けている実態があれば違法と判断されます。
ケース②:業務上の必要性が客観的に認められる場合
新規事業の立ち上げや、特定のスキルを持つ人材が必要になった場合など、客観的な業務上の必要性が認められれば、育休中の異動が正当化される場合があります。
この場合も、以下を確認することが重要です。
- 異動の理由を書面で明確に説明できること
- 異動後の処遇が不利益でないこと(同等以上の職位・給与)
- 育休取得が原因・動機でないことが客観的に証明できること
- 本人の意向を確認する機会を設けていること
ケース③:労働者本人が配置転換を希望した場合
育休期間中に「復帰後は別の部署で働きたい」という本人からの希望・申し出があった場合は、そのとおりの異動が認められます。この場合は不利益取扱いに該当しません。
ただし、以下の点に注意が必要です。
- 会社側からの圧力・誘導で「希望した形」になっていないかを確認する
- 本人の希望は書面(メール・申請書など)で記録しておく
- 復職面談での発言が後に「希望した」と解釈されないよう、面談記録を残す
育休明けに職場が変わっていた――実際のトラブル事例と対処法
トラブル事例①:降格・役職外しのケース
状況: 育休前は課長職だったAさん(女性・育休期間1年)が復帰すると、「課長ポストは他の人が就いたため、一般職として復帰してほしい」と言われた。
法的判断: 育休取得を理由とした降格は育児・介護休業法第10条違反に該当する可能性が高い。課長ポストへの復帰権は法律で保護されており、会社が一方的に役職を外すことは原則として認められない。
対処法:
1. 会社の人事担当者・上司に書面で同一職務復帰を要求する
2. 会社が応じない場合は、都道府県労働局の雇用均等室(育児・介護休業相談窓口)に相談する
3. 状況に応じて労働審判・訴訟による解決も選択肢となる
トラブル事例②:遠方への転勤命令のケース
状況: 育休中のBさん(男性・育休期間6カ月)に「復帰後は大阪支社勤務」という辞令が届いた。Bさんは東京勤務で就職し、子どもの保育園も東京で入園予定だった。
法的判断: 物理的・生活的に困難を生じさせる転勤命令は、「不利益な配置転換」として違法と判断される可能性がある。特に育休取得との因果関係が認められる場合はマタハラ・パタハラに該当する。
対処法:
1. 転勤命令の理由・根拠を会社に書面で確認する
2. 育児・介護休業法第26条(育児・介護と配置転換への配慮義務)に基づき、会社側に配慮を求める
3. 労働局・弁護士への相談を検討する
不利益取扱いと感じたときの相談窓口
| 相談先 | 内容 | 連絡先 |
|---|---|---|
| 都道府県労働局 雇用環境・均等部(室) | 育休・マタハラ・配置転換の相談 | 各都道府県の労働局HPで確認 |
| 労働基準監督署 | 労働条件・給与に関する相談 | 最寄りの労基署 |
| 法テラス | 法的トラブルの相談・弁護士紹介 | 0570-078374 |
| 社会保険労務士 | 制度の解釈・申請手続き支援 | 各都道府県の社労士会 |
企業の人事担当者が取るべき正しい手続きフロー
育休中の社員の配置転換を検討している人事担当者向けに、法令遵守のための手続きフローを示します。
STEP 1:異動の必要性を書面で整理する
組織改編・業務上の必要性について、以下を明文化します。
- 異動の理由(具体的な業務上の必要性)
- 異動前後の職位・給与・業務内容の比較
- 他の社員と同じ基準で異動が行われていることの確認
STEP 2:育休中の社員へ事前説明を行う
育休取得者へは必ず事前に連絡し、以下を説明します。
- [ ] 異動の理由・背景の説明
- [ ] 異動後の職位・業務内容・給与の提示
- [ ] 本人の意見・要望を聞く機会の設定(復職面談)
- [ ] 説明・面談の記録を書面で残す
STEP 3:本人の同意・合意を文書で確認する
口頭だけでなく、書面(同意書・面談記録)で合意内容を残すことが重要です。後のトラブル防止のためにも、必ず書類として保管してください。
STEP 4:復職日前に労働条件を書面で明示する
労働契約法第3条に基づき、異動に伴う労働条件の変更がある場合は、復職前に「労働条件通知書」を発行します。
育休中・復帰後の給付金と手続き確認
育休中の同一職務復帰権と並行して、給付金の手続きも確認しておきましょう。
育児休業給付金の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 給付額(育休開始から180日) | 休業前賃金の67% |
| 給付額(181日目以降) | 休業前賃金の50% |
| 支給期間 | 原則子どもが1歳になるまで(最長2歳まで延長可) |
| 申請窓口 | ハローワーク(事業主経由が一般的) |
| 申請タイミング | 2カ月ごとに事業主がハローワークに申請 |
2025年注目の変更点: 2025年4月施行の改正育児・介護休業法では、子どもが3歳になるまでの「柔軟な働き方支援措置」が義務化されます。育休明けの処遇と合わせて確認しておきましょう。
復帰後に給与・処遇が変わった場合の確認ポイント
復帰後に給与が下がっていた場合、育児休業給付金の精算や社会保険料の計算にも影響します。以下を確認してください。
- 標準報酬月額の変更届(月額が変更になった場合)
- 育休終了時改定(育休終了後3カ月以内に標準報酬月額を改定できる制度)
- 産前産後・育休中の社会保険料免除の終了タイミング
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中に「育休から戻ったら異動してもらう」と言われました。違法ですか?
A. 異動の内容によります。職位・給与・業務内容が同等かそれ以上であれば、業務上の合理的理由がある場合は違法とはなりません。しかし、育休取得を理由とした降格・不利益な配置転換は違法です。異動の詳細(職位・給与・勤務地・業務内容)を書面で確認し、不利益があると感じたら都道府県労働局に相談してください。
Q2. 育休明け異動を拒否できますか?
A. 不利益取扱いに該当する異動であれば拒否する権利があります。会社の配置転換命令権は認められていますが、「育休取得を理由とした不利益な異動」は違法であり、従う義務はありません。まずは異動の理由を書面で確認し、不当であると判断した場合は労働局や弁護士に相談しましょう。
Q3. 育休中の組織改編で部署がなくなりました。どうなりますか?
A. 部署が完全に廃止された場合、元の職務への復帰が物理的に不可能なケースがあります。この場合、会社は同等の処遇(職位・給与水準)を維持した上で代替ポストへの配置を行う義務があります。「部署廃止」を理由に降格・減給を行うことは、依然として不利益取扱いに該当する可能性があります。
Q4. パートタイムでも同一職務復帰権は守られますか?
A. はい。令和4年改正により、雇用保険に加入しているパートタイム労働者は、原則として同一職務復帰権の保護対象になりました。ただし、有期雇用の場合は「契約の更新見込みがない」などの例外があります。
Q5. 育休中の異動をマタハラ・パタハラとして申告できますか?
A. 育休取得を理由とした不利益な異動は、マタニティハラスメント(マタハラ)またはパタニティハラスメント(パタハラ)として申告できます。都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)への申告や、必要に応じて調停・紛争解決援助制度の利用が可能です。
まとめ:育休中の異動・配置転換で覚えておくべき3つのポイント
-
育児・介護休業法第10条が守る「不利益取扱い禁止」を知る
育休取得を理由とした降格・不利益な配置転換・減給はすべて違法です。 -
同一職務復帰権は雇用形態を問わず適用される
正社員だけでなく、パート・契約社員も法律で保護されています(要件あり)。 -
合法・違法の判断は「育休との因果関係」と「不利益の有無」で決まる
組織改編などを理由とした異動でも、育休取得者だけに不利益が生じていれば違法と判断されます。
不安や疑問を感じたときは、ひとりで抱え込まず、都道府県労働局や専門家に相談することを強くおすすめします。
参考法令・通達
– 育児・介護休業法(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)第9条・第10条・第26条
– 育児・介護休業法施行規則 第34条
– 厚生労働省「育児・介護休業法 令和3年改正のポイント」
– 厚生労働省「育児休業給付の内容と支給申請手続き」(2025年版)

