免責事項: 本記事は一般的な制度情報の提供を目的としており、個別の法的アドバイスではありません。具体的な手続きについては、社会保険労務士・健康保険組合・ハローワークにご相談ください。また、流産を経験された方へ、本記事が少しでもお力になれれば幸いです。
産前6週間を経過した後に自然流産が起きた場合、産前産後休業(産休)は終了扱いになり、すでに受け取っていた給付金の返納義務が発生する可能性があります。「どうして返さなければならないの?」「どこに何を提出すればいいの?」という疑問を抱えながら、心身ともにつらい時期に複雑な手続きを求められる状況は、非常に負担が大きいものです。
この記事では、産前6週間という境界線がどのような意味を持つかから始まり、給付金返納の判定基準・手続き手順・必要書類・申請期限まで、一連の流れをわかりやすく解説します。社会保険労務士の監修を受けた信頼できる情報として、ご参考ください。
産前6週間後の自然流産とは?まず知っておくべき制度の全体像
産休制度を定める労働基準法第65条第1項は、「使用者は、6週間(多胎妊娠の場合にあっては、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない」と規定しています。
ここで重要なのが、法律上の「出産」の定義です。厚生労働省の解釈通達(基発1121第1号)では、妊娠4ヶ月(85日)以降の分娩が「出産」とされています。これより前の流産や、産前6週間経過後の流産は、この定義から外れるケースがあります。
つまり、「産前6週間という期間がまだ始まっていない時点での流産」か、「すでに産前6週間に入った後での流産」かによって、制度上の取り扱いが大きく分かれます。以下の全体像を頭に入れてから、詳細を読み進めてください。
自然流産が起きた時点が…
■ 産前6週間以内(出産予定日まで42日以下)
└ 産休はすでに始まっている → 給付金は継続
■ 産前6週間経過後(出産予定日まで43日以上)
├ 産休は終了扱い
├ 育児休業の対象外
└ 雇用保険給付金・出産手当金の返納義務が発生する可能性
産前6週間の計算方法(出産予定日からの逆算手順)
産前6週間の起算日は、出産予定日を「1日目」として42日(6週間×7日)を逆算した日です。多胎妊娠(双子・三つ子など)の場合は98日(14週間)を逆算します。
計算例:出産予定日が2024年10月1日の場合
| 区分 | 計算 | 産前休業開始日 |
|---|---|---|
| 単胎妊娠 | 10月1日 − 42日 | 2024年8月20日 |
| 多胎妊娠 | 10月1日 − 98日 | 2024年6月25日 |
この産前休業開始日より前の日付に流産が起きた場合、「産前6週間経過後の流産」に該当し、産休終了・給付金返納の対象となります。
自分がどちらに該当するかをすぐ確認できる早見表(単胎妊娠の場合)
| 出産予定日 | 産前6週間の開始日(この日より後なら産休中) |
|---|---|
| 2024年8月1日 | 2024年6月20日 |
| 2024年9月1日 | 2024年7月21日 |
| 2024年10月1日 | 2024年8月20日 |
| 2024年11月1日 | 2024年9月20日 |
| 2024年12月1日 | 2024年10月21日 |
ポイント: 「産前6週間の開始日より前に流産した=産前6週間経過後の流産」となります。開始日当日または開始日以降に流産した場合は、産休期間中の流産として扱われます。
流産日が6週間以内か以降かで何が変わるのか
2つのパターンを対比表で整理します。
| 項目 | 産前6週間以内(産休中)の流産 | 産前6週間経過後の流産 |
|---|---|---|
| 産前産後休業 | 継続(産休期間中として扱う) | 終了扱い |
| 育児休業 | 対象外(子が生存していない) | 対象外 |
| 出産手当金(健康保険) | 支給対象となる場合あり | 返納義務が発生する可能性 |
| 雇用保険育児休業給付金 | 支給対象外(育休未開始のため) | 受給済みの場合は返納 |
| 社会保険料免除 | 産休中は免除継続 | 免除終了・追納が必要 |
| 復職義務 | 産後回復後 | 原則、流産日翌日から復職扱い |
この対比表から、産前6週間経過後の流産では複数の手続きが同時並行で必要になることがわかります。それぞれの詳細を順に解説します。
産前6週間経過後に流産した場合に発生する3つの主な影響
産前6週間を経過した後に自然流産が確認された場合、制度上は以下の3つの影響が生じます。
- 産前産後休業が「終了」扱いになる
- 育児休業の対象外となる
- 受給済みの給付金に返納義務が発生する可能性がある
それぞれを詳しく見ていきましょう。
産前産後休業は「終了」扱いになる理由(労働基準法第65条の解釈)
労働基準法第65条が保護するのは、「出産する予定の女性」または「出産した女性」です。ここでいう「出産」は、妊娠4ヶ月(85日)以降の分娩を意味します(厚生労働省通達・基発1121第1号)。
産前6週間を経過する前(=まだ産休が始まっていない時点)に流産した場合、法的には「産休が始まる前に妊娠が終了した」ため、産休そのものが発生しません。
一方、産前6週間の開始日以降に産休を取得していたが途中で流産した場合は、「産休が開始されたが、出産という事由が消滅した」と解釈されます。この場合、流産が確認された日をもって産前産後休業は終了となり、続く産後8週間の休業保護も適用されません。
注意点: 流産後の身体的な回復期間中は「傷病手当金」の対象となる場合があります。健康保険組合への申請を忘れずに行いましょう(詳細は後述)。
育児休業の対象外となるケースの判断基準
育児・介護休業法第2条では、育児休業の対象を「1歳(一定の要件を満たす場合は最長2歳)に満たない子を養育する労働者」と定義しています。自然流産の場合、養育すべき「子」が存在しないため、育児休業への切り替えは法的に不可能です。
「産休から育休にそのまま移行できないか」という問い合わせはよく寄せられますが、残念ながら育児休業制度は利用できません。
ただし、会社独自の休暇制度(特別休暇・傷病休暇など)が存在する場合は、就業規則を確認して活用できる可能性があります。会社の人事担当者に相談することをお勧めします。
受給済みの給付金・手当金に生じる返納義務の全容
産前6週間経過後の流産が発生した場合、すでに受け取っていた給付金について以下の返納義務が生じる可能性があります。
出産手当金(健康保険)
出産手当金は、産前42日(多胎妊娠の場合は98日)から産後56日まで、1日あたり「標準報酬日額×3分の2」が支給される手当です。
産前6週間経過後に流産した場合、産休が終了するため、流産日の翌日以降に受け取った出産手当金は返納対象となります。
支給額の計算式:
1日あたりの出産手当金
= 支給開始日以前12ヶ月の標準報酬月額の平均 ÷ 30日 × 2/3
例:標準報酬月額の平均が30万円の場合
30万円 ÷ 30日 × 2/3 = 6,667円/日
産前1週間(7日分)の受給額 = 6,667円 × 7日 = 46,669円(返納対象)
雇用保険の育児休業給付金
育児休業給付金は、育児休業開始後に支給されます。産前産後休業中(産休中)はまだ育児休業が始まっていないため、産休期間中に育児休業給付金が支給されることは通常ありません。
ただし、産休終了後に育休に入る予定で申請手続きを進めていた場合、または行政の手続き上の都合で受給が始まっていた場合は、ハローワークに相談の上、受給資格の取り消し・返納手続きを行います。
社会保険料免除の取り消し
産休中は社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)が免除されます。産休終了(流産日の翌日)以降の免除は取り消しとなり、免除されていた期間分の保険料を追納する必要があります。
会社の担当者を通じて年金事務所または健康保険組合に届け出を行い、追納額と支払い方法を確認しましょう。
給付金返納の手続きフローと必要書類
手続きは複数の機関に対して同時並行で行う必要があります。心身への負担を考慮し、まず会社の人事部門に連絡し、手続きを代行・補助してもらうことを強くお勧めします。
手続きの全体フロー
Step 1:医療機関から流産診断書を取得
↓
Step 2:会社(人事・総務)に報告・産休終了の届出(流産確認後、速やかに)
↓
Step 3:健康保険組合へ届出(原則10日以内)
├─ 出産手当金の受給停止・返納手続き
├─ 社会保険料免除終了の届出
└─ 傷病手当金の申請(身体回復のための休業がある場合)
↓
Step 4:ハローワークへ届出(原則5日以内)
└─ 育児休業給付金の受給資格喪失届(受給済みがある場合は返納)
↓
Step 5:会社への復職または傷病休業の手続き
必要書類一覧
| 提出先 | 書類名 | 備考 |
|---|---|---|
| 会社(人事) | 流産診断書のコピー | 原本は手元に保管 |
| 会社(人事) | 産前産後休業終了届 | 会社所定の様式 |
| 健康保険組合 | 出産手当金返納申請書 | 組合所定の様式を確認 |
| 健康保険組合 | 流産証明書(診断書) | 医師が記載したもの |
| 健康保険組合 | 社会保険料免除終了届 | 会社が代行するケースが多い |
| 健康保険組合 | 傷病手当金申請書 | 身体的回復期間がある場合 |
| ハローワーク | 育児休業給付金受給資格喪失届 | 受給済みがある場合 |
| ハローワーク | 雇用保険被保険者証 | ハローワーク提出書類に添付 |
診断書の取得について: 「流産診断書」は医師に依頼して作成してもらいます。通常、文書料(2,000〜5,000円程度)が発生します。流産日・妊娠週数・自然流産である旨が明記されているものが必要です。
各機関への申請期限と注意点
| 手続き先 | 申請期限の目安 | 遅延した場合のリスク |
|---|---|---|
| 会社(人事部門)への報告 | 流産確認後、できるだけ早く(1〜3営業日以内推奨) | 社会保険・給付金手続きが遅延する |
| 健康保険組合 | 産休終了日から10日以内 | 保険料の過払い・返納額が増加する可能性 |
| ハローワーク | 事由発生から5日以内(雇用保険の原則) | 給付金返納手続きが複雑化する |
| 年金事務所(社会保険料免除取り消し) | 会社経由で速やかに届出 | 追納額が増加する |
傷病手当金の活用:流産後の回復期間を守る制度
産休が終了しても、流産後の身体的回復には一定の期間が必要です。医師が「就労不能」と判断した期間については、健康保険の傷病手当金を受給できる可能性があります。
傷病手当金の支給要件
- 健康保険の被保険者である
- 業務外の病気・けがによる療養中(流産後の身体的回復がこれに該当)
- 就労できない状態が3日以上続いている(待期3日間)
- 給与の支払いがない、または傷病手当金の額より少ない
支給額の計算式
1日あたりの傷病手当金
= 支給開始日以前12ヶ月の標準報酬月額の平均 ÷ 30日 × 2/3
例:標準報酬月額の平均が30万円の場合
30万円 ÷ 30日 × 2/3 = 6,667円/日
支給期間は通算1年6ヶ月を上限とします。
申請方法
- 医師に「療養期間・就労不能の旨」を記載してもらう
- 健康保険組合所定の「傷病手当金申請書」に記入
- 会社(事業主)の証明欄に記入してもらう
- 健康保険組合に提出
出産手当金と傷病手当金の重複について: 出産手当金の支給対象期間と傷病手当金の支給対象期間が重複する場合、出産手当金が優先されます。産休終了後に傷病手当金に切り替わる形になるため、手続きのタイミングを健康保険組合に相談することをお勧めします。
死産・人工流産との違い:制度上の区別を正確に理解する
「自然流産」「死産」「人工中絶(人工流産)」は日常語では混同されがちですが、社会保険・労働法制上では明確に区別されます。
死産(妊娠12週未満の場合)
- 妊娠12週(85日)未満の死産は、労働基準法上の「出産」に該当しない
- 産前産後休業の保護対象外
- 出産手当金の支給対象外
- ただし、傷病手当金の申請は可能
死産(妊娠12週以降の場合)
- 妊娠12週(85日)以降の死産は「出産」として扱われる
- 産後8週間の産後休業が適用される
- 出産手当金の支給対象となる
- 死産届の提出が必要(妊娠12週以降は戸籍上の届出義務あり)
人工流産(人工中絶)
- 本人の選択による人工的な妊娠中絶
- 自然流産とは区別される
- 制度適用については、医師の診断書の内容と健康保険組合の判断による
- 診断書に「自然流産」「人工流産」の別が明記されることがあり、制度適用に影響する場合がある
| 区分 | 妊娠週数 | 「出産」扱い | 産後休業 | 出産手当金 |
|---|---|---|---|---|
| 自然流産(12週未満) | 12週未満 | ✗ | なし | 対象外 |
| 自然流産(12週〜産前6週前) | 12週〜産前6週前 | △ | 状況による | 要確認 |
| 自然流産(産前6週間以内) | 産前6週間内 | ○ | 産後8週 | 支給対象 |
| 死産(12週以降) | 12週以降 | ○ | 産後8週 | 支給対象 |
| 人工流産 | 問わず | 原則✗ | 原則なし | 原則対象外 |
会社側(人事担当者)が行うべき手続きチェックリスト
従業員が産前6週間経過後に自然流産した場合、人事担当者は以下の手続きを速やかに進める必要があります。
- [ ] 従業員から流産診断書を受け取る
- [ ] 産前産後休業終了日を確定する(流産確認日が終了日)
- [ ] 健康保険・厚生年金の産前産後休業取得者申出の取り消しを年金事務所(または健康保険組合)に届出
- [ ] 社会保険料免除終了の届出(産休終了月の翌月から保険料徴収再開)
- [ ] 給与計算の修正(産休終了後の無給期間・傷病手当金との調整)
- [ ] ハローワークへの育児休業給付金に関する届出(受給済みがある場合)
- [ ] 従業員へ傷病手当金制度の案内(回復期間がある場合)
- [ ] 就業規則上の特別休暇・慶弔休暇の適用可否を確認
従業員への配慮について: 流産は身体的・精神的に大きな負担を伴います。手続きの説明は書面やメールで行い、従業員が自分のペースで読み返せるようにすることをお勧めします。EAP(従業員支援プログラム)や産業カウンセラーへの相談案内も検討してください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 流産後、産休終了日は具体的にいつになりますか?
原則として、医師が流産を確認した日(診断日)が産前産後休業の終了日となります。ただし、流産の経過や入院期間によって実態と異なる場合があるため、健康保険組合・会社の人事部門と確認しながら日付を確定させることをお勧めします。
Q2. 返納の金額が大きく一括で支払えない場合はどうすればよいですか?
健康保険組合やハローワークに相談することで、分割返納に応じてもらえるケースがあります。まず電話で状況を説明し、返納計画書の提出が必要かどうかを確認してください。機関によって対応が異なるため、早めに相談することが重要です。
Q3. 流産後の精神的なケアのための休業も傷病手当金の対象になりますか?
精神科・心療内科の医師が「就労不能」と診断した場合は、傷病手当金の対象となります。流産後のうつ・適応障害なども保険診療の対象です。まずはかかりつけ医や心療内科に相談することをお勧めします。
Q4. 自然流産と診断書に書かれていれば、すべての手続きに使えますか?
診断書の記載内容は手続きによって必要な情報が異なります。健康保険組合やハローワークが求める様式に対応した診断書が必要になる場合があります。事前に各機関が求める書式を確認してから医師に依頼すると、書き直しの手間が省けます。
Q5. 切迫流産で入院していた場合、産前6週間の計算に影響しますか?
切迫流産での入院期間は、産前6週間の計算には直接影響しません。産前6週間の起算日はあくまで出産予定日からの逆算で決まります。ただし、切迫流産で医師の指示により就労できない状態にあった場合、傷病手当金の受給対象となる可能性があります。
Q6. 会社に流産を報告したくない場合でも手続きは進められますか?
産休の終了手続きは会社を通じて行う必要があるため、流産の事実を会社(人事担当者)に伝えることは不可避です。ただし、プライバシー保護の観点から、人事担当者以外への情報共有を制限するよう依頼することは可能です。必要最小限の担当者のみに情報を開示する旨を会社に明示的に求めましょう。
まとめ:産前6週間後の自然流産で必要な手続きの全体整理
産前6週間経過後の自然流産は、制度上「産休終了」として扱われ、複数の機関への届出と給付金返納手続きが必要になります。最後に全体を整理します。
| 対応事項 | 期限目安 | 提出先 |
|---|---|---|
| 会社(人事)への報告 | 流産確認後、速やかに | 勤務先 |
| 流産診断書の取得 | 流産確認後、速やかに | 医療機関 |
| 出産手当金の返納手続き | 産休終了から10日以内 | 健康保険組合 |
| 社会保険料免除終了届 | 産休終了後、速やかに | 年金事務所・健保 |
| ハローワークへの届出 | 事由発生から5日以内 | ハローワーク |
| 傷病手当金の申請 | 回復期間中、随時 | 健康保険組合 |
最も大切なことは、一人で抱え込まず、会社の人事担当者・社会保険労務士・各行政機関に早めに相談することです。心身がつらい時期に複雑な手続きを求められることは決して当たり前ではありません。サポートを遠慮なく求めてください。
流産後の手続きに関するご不明な点や、個別のご状況についてさらに詳しく知りたい場合は、最寄りのハローワークや社会保険労務士にお気軽にご相談ください。
参考法令・通達:
– 労働基準法第65条第1項(産前産後の休業)
– 雇用保険法第39条第1項・第2項(育児休業給付金)
– 育児・介護休業法第2条・第5条(育児休業の定義・要件)
– 健康保険法第102条(出産手当金)
– 厚生労働省告示・基発1121第1号(産前6週間の計算方法)

