育休の取得を申し出たところ、会社から「誓約書」や「身上書」の提出を求められた——そのような経験をお持ちの方は少なくありません。「署名しなければ育休が取れないのでは」と不安に感じ、やむなく応じてしまうケースも多く報告されています。
しかし、育児休業は法律が保障する権利です。企業が誓約書の提出を条件として育休を認めるような行為は、法的に問題となる可能性が高いと言えます。本記事では、違法となる誓約書要求の具体的なパターン・法的根拠・労働者が取るべき対処法を徹底的に解説します。
育休申請時に企業が誓約書・身上書を要求するのは違法なのか
育児休業は法定権利。誓約書要求は本来不要
育児休業の取得根拠は、育児・介護休業法第5条・第6条に定められています。同法第6条は、要件を満たした労働者から育休の申し出があった場合、事業主はこれを拒むことができないと明確に規定しています。
つまり、育休は「会社から恩恵として与えてもらうもの」ではなく、労働者が当然に行使できる法定の権利です。会社は申請を受けたら原則として認める義務があり、誓約書の提出はその前提条件には一切なりません。
【育児・介護休業法 第6条】
事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。
この法定権利に対して「誓約書に署名しなければ育休を認めない」と言う行為は、事実上の権利行使の妨害であり、不利益取扱いの禁止(同法第10条)に抵触し得ます。
企業が要求する誓約書が「違法」と判断される3つの基準
企業が提示する誓約書・身上書がどのような場合に違法となるのか、以下の3つの基準で判断できます。
| 判断基準 | 内容 | 代表的な法的根拠 |
|---|---|---|
| ①法律による明示的禁止 | 法令が特定の行為を禁止している | 育児・介護休業法、男女雇用機会均等法 |
| ②公序良俗違反 | 社会的に許容されない内容で無効となる | 民法第90条 |
| ③過度な負担・権利制限 | 法定の権利を実質的に無効化するほど重い義務を課す | 育児・介護休業法第2条 |
これらいずれかに該当する誓約書は、署名しても法的効力を持たない(無効)か、または企業側に損害賠償責任が生じる根拠になります。
企業が要求してはいけない誓約書の具体例と法的根拠
以下では、実際に問題となることの多い8つのパターンを、具体的な法的根拠とともに解説します。
① 退職誓約書(育休復帰後の退職確約)が違法な理由
「育休から復帰後〇年以内に退職する」「育休を取得した場合は退職を検討することに同意する」といった内容の誓約書です。
なぜ違法か:
労働者は自由に退職できる権利を持ちますが、それは自らの意思に基づくものです。育休取得を条件として退職を事前確約させることは、憲法第27条(勤労の権利)および育児・介護休業法第6条・第10条が保障する権利と正面から衝突します。
また、こうした誓約書への署名は「自由な意思」に基づかない可能性が高く、強迫・錯誤を理由に取り消せる場合もあります(民法第96条・第95条)。
労働者への悪影響:
署名してしまった場合でも、法的に無効となる可能性が高いため、安易に退職に応じる必要はありません。
② 育休中の給与・ボーナス返納誓約は無効
「育休中に受け取った給与・賞与について、復帰しなかった場合は返納する」という内容の誓約書です。
なぜ違法か:
育休中に支払われる育児休業給付金(雇用保険法第61条の4)は、雇用保険制度から支給される公的給付であり、事業主が「返せ」と命じられる性質のものではありません。
雇用保険法上、給付金の返還義務は不正受給の場合など法定の要件に限定されており(同法第10条の4)、企業が独自に返納を義務付けることはできません。会社が独自に支給する「育休補填手当」についても、返納義務を過度に設定することは公序良俗違反(民法第90条)となり得ます。
【育児休業給付金の支給額(2024年度時点)】
– 育休開始から180日間:休業開始時賃金の67%相当
– 181日目以降:休業開始時賃金の50%相当
※上限額あり(180日まで:月額310,143円、181日以降:月額231,450円)
③ 配置転換同意書・職種変更誓約は差別にあたる
「育休復帰後は別部署への異動に同意する」「職種を変更することを条件に育休を認める」といった要求です。
なぜ違法か:
男女雇用機会均等法第9条は、妊娠・出産・育児休業の取得を理由とした不利益取扱いを明示的に禁止しています。育休取得を契機として不利益な配置転換や降格を行うことは、同条違反として厚生労働省の行政指導・是正勧告の対象となります。
最高裁判所の判断(広島中央保健生活協同組合事件・平成26年10月23日)においても、育休取得に関連した降格措置が原則として違法と判断されており、配置転換同意書もこの趣旨に照らして問題があります。
④ 育休中の研修・訓練への参加義務誓約
「育休中も月1回の社内研修に参加することに同意する」「業務連絡への回答を義務付ける」といった内容です。
なぜ違法か:
育児・介護休業法第2条が定める「育児休業」は、文字通り「休業」であり、業務への従事を強制することは休業権の本質を侵害します。
厚生労働省は、育休中の労働者に業務対応を強制することをマタニティハラスメント(マタハラ)に該当し得るとして、明確に禁止しています。
⑤ 誓約金・保証金の提出要求
「育休後に復帰しなかった場合、〇〇万円を支払う」といった金銭的な担保を求める誓約書です。
なぜ違法か:
労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金や損害賠償額を予定する契約を明示的に禁止しています。育休後の復帰を担保するために保証金や誓約金を要求することは、同条に直接抵触する可能性があります。
⑥ 機密保持契約への署名強制
育休申請のタイミングに合わせて、業務上の機密情報に関する広範な誓約書への署名を強制するケースです。
なぜ問題か:
機密保持契約そのものは違法ではありませんが、育休申請を「交渉カード」として利用し、通常より不利な条件への同意を強制することは過度な権利制限にあたります。署名の拒否を理由に育休を認めないことは、育児・介護休業法第10条違反となります。
⑦ 育休取得に関する年齢制限誓約
「35歳以上の従業員は育休後の復帰ポストを保証できない」など、年齢を条件に育休の扱いを変える誓約書です。
なぜ違法か:
育児・介護休業法は年齢による取得制限を設けていません。労働施策総合推進法第9条は、年齢を理由とした差別的取扱いを禁止しており、育休取得における年齢差別もこの趣旨に照らして問題があります。
⑧ 過度な連絡義務・報告書提出の要求
「毎週、育休中の状況を書面で報告する」「育休中の所在を報告する義務に同意する」といった内容です。
なぜ違法か:
育休は労働者が業務から完全に離れる権利であり、育休期間中の行動を過度に管理・監視することは休業権の侵害(育児・介護休業法第2条)にあたります。
厚生労働省のハラスメント防止指針においても、育休中の過度な連絡・業務要求はパワーハラスメントおよびマタニティハラスメントに該当し得ることが明示されています。
違法な誓約書要求への対処法:労働者が取るべき具体的ステップ
誓約書の提出を求められた場合、以下のステップで対処することを推奨します。
Step 1:誓約書の内容を記録・証拠保全する
要求を受けた際は、メール・書面・チャットのスクリーンショットなど、証拠を必ず保全してください。口頭での要求であれば、日時・場所・発言内容をメモとして残しておきましょう。
Step 2:署名前に弁護士・労働相談窓口に相談する
署名してしまう前に、以下の相談窓口に問い合わせることを強くおすすめします。
| 相談窓口 | 連絡先 | 特徴 |
|---|---|---|
| 総合労働相談コーナー | 各都道府県労働局 | 無料・匿名相談可 |
| 女性の労働相談 | 0120-811-610 | 均等法関連の専門相談 |
| 法テラス | 0570-078374 | 弁護士紹介・費用立替制度あり |
| 労働組合(ユニオン) | 各地域のユニオンに問合せ | 団体交渉による解決支援 |
Step 3:育休申請を文書で正式に提出する
口頭ではなく、書面(内容証明郵便も有効)で育休申請を行います。申請日・育休開始希望日・終了希望日を明記し、会社側の対応を記録に残します。
Step 4:行政機関への申告・法的手続きを検討する
企業が育休申請を拒否したり、誓約書への署名を条件に育休認定を留保したりする場合は、都道府県労働局への申告を行うことができます。男女雇用機会均等法第9条・育児介護休業法第10条違反として、行政指導・是正勧告が行われます。
悪質なケースでは、損害賠償請求訴訟も選択肢となります。
まとめ:育休は権利。不当な誓約書には毅然と対応を
ここまでの内容を整理します。
- 育休は育児・介護休業法で保障された法定の権利であり、誓約書の提出は取得の前提条件ではない
- 退職誓約・給与返納誓約・配置転換同意・保証金要求・過度な連絡義務などは、法律違反または公序良俗違反として無効になり得る
- 違法な誓約書に署名してしまっても、法的に無効となる可能性が高く、内容に縛られない
- 証拠を保全し、労働相談窓口・弁護士に相談することで、適切な対処が可能
育休取得を萎縮させるような企業の行為は、法律が厳しく規制しています。一人で抱え込まず、専門機関に相談することを選択肢として持っておきましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 署名してしまった誓約書は有効ですか?
A. 内容が育児・介護休業法・男女雇用機会均等法・労働基準法・民法(公序良俗)などに違反する場合、署名していても法的効力は生じません。無効な誓約書に基づいて不利益な扱いを受けた場合は、損害賠償請求の対象となり得ます。ただし、個別の判断が必要ですので、弁護士への相談をおすすめします。
Q2. 「任意提出」と言われた誓約書でも問題になりますか?
A. 「任意」と説明されていても、提出しなければ育休を認めないという実態があれば、実質的な強制となります。この場合、育児・介護休業法第10条(不利益取扱いの禁止)違反に該当する可能性があります。「任意」という言葉に惑わされず、提出しなかった場合の対応を必ず確認してください。
Q3. 男性(パパ)の育休でも同じルールが適用されますか?
A. はい、まったく同じルールが適用されます。2022年の育児・介護休業法改正により、男性も育休取得が原則として認められており、誓約書の違法要求に関する法律の保護も同様に受けられます。
Q4. 育休申請に必要な正規の書類は何ですか?
A. 法令上、育休申請に必要な書類は原則として「育児休業申出書」のみです。会社が独自に定める様式で提出する場合もありますが、法定要件としては申出の意思表示があれば足ります。申出期限は、育休開始予定日の原則1か月前まで(産後パパ育休の場合は2週間前まで)となっています。
Q5. 誓約書への署名拒否を理由に解雇された場合はどうなりますか?
A. 違法な誓約書への署名拒否を理由とした解雇は、育児・介護休業法第10条違反であり、解雇権の濫用(労働契約法第16条)としても無効となる可能性が高いです。直ちに都道府県労働局、または弁護士に相談し、不当解雇としての救済手続きを検討してください。
免責事項: 本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別の法律相談に代わるものではありません。具体的なケースについては、弁護士または労働関係機関にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 育休申請時に誓約書の提出を求められました。署名しないと育休が取れないのでは?
A. 育休は法律で保障された権利であり、誓約書は本来不要です。署名を拒否しても育休取得を妨害することは違法であり、應じる必要はありません。
Q. 育休から復帰後の退職確約書に署名させられました。法的に有効ですか?
A. 無効の可能性が高いです。退職は労働者の自由な意思に基づくべき権利であり、育休取得を条件とする退職誓約は法律に違反します。
Q. 育休中に受け取った給与やボーナスの返納を求められています。応じるべき?
A. 応じる必要はありません。育児休業給付金は公的給付であり、返納義務はありません。企業が独自に返納を強制することは無効です。
Q. 育休復帰後の配置転換を条件にされています。これは合法ですか?
A. 違法の可能性があります。育休取得を理由とした異動・職種変更は男女雇用機会均等法で禁止された不利益取扱いに該当します。
Q. 違法な誓約書に署名してしまいました。どうすればいい?
A. すでに署名した場合でも法的に無効である可能性が高いため、安易に従う必要はありません。労働基準監督署や労働組合に相談することをお勧めします。

