育休から復帰したタイミングで給与が下がった場合、育児休業給付金の計算基礎となる「賃金月額」を変更する手続きが必要になることをご存じでしょうか。この手続きを怠ると、給付金の過払いが発生して後から返還を求められたり、将来の年金額に不利な影響が出たりするリスクがあります。
本記事では、育休復帰後の賃金月額の変更手続きについて、社労士監修のもと、具体的な条件・書類・申請期限をわかりやすく解説します。給付金への直接的な影響と社会保険への波及効果を理解し、期限内に確実に対応できるようにしましょう。
育休給付金と賃金月額の関係をまず理解しよう
育児休業給付金の受取額は、次の基本式で決まります。
育児休業給付金 = 賃金月額 × 給付率
給付率は育休取得期間によって異なりますが、賃金月額が変われば受取額もそのまま増減します。つまり、復帰後に給与が下がると賃金月額の基準も変わるため、給付金額に直結するというわけです。
育休中と復帰後で給付率が変わる理由
育児休業給付金の給付率は、以下のように段階が設けられています。
| 期間 | 給付率 |
|---|---|
| 育休開始から180日目まで | 67%(約3分の2) |
| 181日目以降 | 50% |
※2025年4月施行の法改正により、一定要件を満たす場合は育休開始から一定期間、給付率が80%(手取りベースで実質10割相当)に引き上げられる措置が段階的に導入されています。最新情報はハローワークへご確認ください。
給付率はどの期間の育休かによって自動的に決まりますが、受取額の”土台”となる賃金月額は申請時に確定した金額がそのまま使われます。そのため、復帰後に賃金が下がっているにもかかわらず変更届を出さないでいると、実態とかけ離れた金額で給付金が計算され続けてしまいます。
賃金月額とは何か——計算対象期間と算定方法
雇用保険における「賃金月額」とは、育休開始前の直近6ヶ月間の賃金を合算し、180で割った額に30を掛けた金額のことです。
賃金月額 = 育休開始前6ヶ月の賃金合計 ÷ 180 × 30
具体例:
– 育休前6ヶ月の賃金合計:180万円
– 賃金月額:180万円 ÷ 180 × 30 = 30万円
– 給付金(67%の場合):30万円 × 67% = 20万1,000円
この賃金月額は育休開始時点の給与水準をもとに算定されるため、育休後に給与が変わっても自動では更新されません。正確な給付金額を維持するには、別途「変更届」の提出が必要です。
育休復帰後に給与が下がったら何が起きるのか
育休から復帰した後、すべての人が元の給与に戻るわけではありません。育児との両立を優先して時短勤務に切り替えた場合や、組織変更で役職が変わった場合など、さまざまな理由で給与が下がるケースがあります。
給与減額の主な理由と育休給付金への具体的影響
給与が下がる主なケースと、その際の給付金への影響を整理します。
| 減額の理由 | 具体例 |
|---|---|
| 短時間勤務への移行 | フルタイム→週4日・1日6時間勤務 |
| 降格・役職変更 | 管理職から一般職へ |
| 会社都合による給与体系変更 | ベースダウン・賃金制度改訂 |
| 欠勤・遅刻控除の増加 | 子の体調不良による頻繁な欠勤 |
減額前後の給付金比較(例:給付率50%の場合)
| 状況 | 賃金月額 | 給付金(月額) |
|---|---|---|
| 減額前(育休申請時) | 30万円 | 15万円 |
| 減額後(変更届提出後) | 20万円 | 10万円 |
| 変更届を出さなかった場合 | 30万円のまま | 15万円(過払い) |
変更届を提出しないと、給付金が実際の賃金よりも高い水準で支払われ続ける「過払い」が発生します。後日ハローワークの調査で判明した場合、過払い分の全額返還を求められるリスクがあります。
社会保険(厚生年金・健康保険)への連動影響
賃金が下がると、社会保険の「標準報酬月額」も下がることがあります。標準報酬月額とは、健康保険料・厚生年金保険料の計算に使われる等級別の金額のことです。
この金額が下がると、毎月の社会保険料は減る一方で、将来の厚生年金受取額も少なくなるという「見えにくいリスク」があります。
ポイント:育休終了時報酬月額変更届の特例
育休復帰後に標準報酬月額が2等級以上下がった場合、通常の随時改定(3ヶ月の給与平均で判定)を待たずに「育児休業等終了時報酬月額変更届」を提出することで即月変更が可能です。これにより社会保険料の負担を速やかに軽減できます。
育休給付金申請後の賃金月額変更手続き——対象者の条件
「自分はこの手続きが必要なのか?」を確認するため、以下のチェックリストを使ってセルフチェックしてみてください。
✅ 対象者チェックリスト
– [ ] 育児・介護休業法第5条に基づく育児休業を取得している
– [ ] 育休復帰後の賃金が、育休前と比べて2等級以上低下している
– [ ] 健康保険・厚生年金保険の適用事業所で被保険者として在籍している
– [ ] 育休終了日から1ヶ月以内である
上記すべてに該当する場合、変更届の提出が必要です。
変更届の対象になる4つの要件
①育休取得者であること
育児・介護休業法第5条に定める育児休業を取得した方が対象です。育休を取得していない通常の賃金減額は、別途「随時改定」の手続きになります。
②2等級以上の低下があること
標準報酬月額の等級が、育休前と比べて2等級以上下がる場合に限り、育休終了時の特例変更届が使えます。1等級の低下は通常の定時決定(毎年7月)で対応します。
等級の例(協会けんぽ・東京都の場合)
| 等級 | 標準報酬月額 |
|---|---|
| 22等級 | 30万円 |
| 21等級 | 28万円 |
| 20等級 | 26万円 |
例えば22等級→20等級への変更は2等級低下のため、届出の対象となります。
③被保険者であること
健康保険・厚生年金保険の適用事業所に在籍し、被保険者資格を持っている必要があります。退職者や適用除外者は対象外です。
④育休終了日から1ヶ月以内であること
これが最も重要な期限要件です。育休終了日の翌日から起算して1ヶ月以内に管轄の年金事務所(または健康保険組合)へ届け出なければなりません。この期限を過ぎると特例が使えず、通常の随時改定(3ヶ月の平均給与算定)を待つことになります。
変更届が不要なケース(適用外)
以下に該当する場合は、この届出の対象外となります。
| ケース | 理由 |
|---|---|
| 1等級のみの低下 | 通常の定時決定(7月)で対応 |
| 育休中に給与が支払われた期間 | 育休前の標準報酬月額が据え置かれるため |
| 育休を取得していない場合の賃金減額 | 通常の随時改定手続きが適用 |
| 退職者 | 手続き不要 |
賃金月額変更の具体的な手続き方法
提出が必要な書類一覧
雇用保険(ハローワーク)への届出
| 書類名 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 育児休業給付金支給申請書 | ハローワーク窓口またはウェブサイト | 賃金変更を記載して再提出 |
| 賃金台帳(写し) | 事業主が作成 | 変更後の賃金が確認できる直近3ヶ月分 |
| 出勤簿(写し) | 事業主が作成 | 実際の出勤日数確認のため |
社会保険(年金事務所・健康保険組合)への届出
| 書類名 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 育児休業等終了時報酬月額変更届 | 日本年金機構ウェブサイト・年金事務所 | A4版・1枚 |
| 育児休業等終了日を確認できる書類 | 事業主が発行 | 育休終了の事実確認に使用 |
電子申請もOK:事業主はe-Gov電子申請を使って届出が可能です。社労士が代行する場合も同様の経路が利用できます。
申請の流れ(ステップ別)
STEP 1:育休終了日の確認
↓(終了日から1ヶ月以内に行動)
STEP 2:復帰後の給与水準を確認し、等級低下を計算
↓(2等級以上低下していれば対象)
STEP 3:事業主(会社)に届出書類の作成を依頼
↓
STEP 4:年金事務所へ「育児休業等終了時報酬月額変更届」を提出
↓
STEP 5:ハローワークへ育児休業給付金の変更申請を提出
↓
STEP 6:変更後の標準報酬月額・給付金額で支給開始
注意: 届出は原則として事業主(会社)が行います。従業員本人が直接窓口に持参するのではなく、まず総務・人事担当者に相談してください。
申請期限と遅延した場合の対処法
| 届出先 | 期限 | 遅延した場合 |
|---|---|---|
| 年金事務所(社会保険) | 育休終了日から1ヶ月以内 | 通常の随時改定(翌月または翌々月改定)に切り替わる |
| ハローワーク(雇用保険) | 育休給付金の次回支給申請時まで | 過払い認定のリスクが高まる |
複数子の育休・時短勤務中の育休でも同じ手続きが必要?
第2子以降の育休でも変更届は必要
第1子の育休復帰後に第2子の育休に入る場合、第2子育休終了時にも改めて変更届が必要になります。第1子育休中の賃金水準と第2子育休終了後の賃金水準が異なれば、等級差が生じる可能性があるためです。
短時間勤務中の申請タイミング
時短勤務に移行して育休給付金の受給が終了した後も、標準報酬月額の変更は社会保険の観点から重要です。時短勤務による賃金低下については、毎年の定時決定(7月)か、2等級以上の変動がある場合の随時改定のどちらかで対応します。
会社(事業主)が行うべき対応まとめ
人事・総務担当者は以下の対応を漏れなく実施してください。
育休復帰者が出たタイミングでの確認事項
- [ ] 復帰後の勤務形態(フルタイム・時短)と給与額を確認
- [ ] 育休前の標準報酬月額と復帰後の予定給与を比較し、等級差を算出
- [ ] 2等級以上低下する場合は、育休終了日から1ヶ月以内に年金事務所へ届出
- [ ] ハローワークへの育休給付金変更申請も忘れずに実施
- [ ] 社員本人に変更内容・給付金への影響を丁寧に説明
社労士への依頼も有効:社会保険労務士は社会保険労務士法第26条に基づき、これらの届出・申請の法定代理が可能です。複数の育休取得者がいる企業や、制度が複雑なケースは専門家への委託を検討してください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中に会社から給与が一部支払われた場合、賃金月額はどうなりますか?
A. 育休中に給与(賃金)が支払われた場合でも、社会保険の標準報酬月額は育休前の金額が据え置かれます。変更届の対象になるのは育休終了後の復帰時点の賃金であり、育休中の部分払いは影響しません。
Q2. 育休終了から1ヶ月を過ぎてしまいました。もう手続きできませんか?
A. 育休終了時報酬月額変更届の特例は使えなくなりますが、諦める必要はありません。2等級以上の変動が確認できれば、通常の随時改定(月変)として年金事務所に申請できます。ただし改定月が遅れるため、速やかに担当者または社労士に相談してください。
Q3. 時短勤務で復帰しましたが、手当も変わりました。何を基準に等級を計算すればよいですか?
A. 通勤手当・家族手当など、毎月支払われる固定的な手当も標準報酬月額の算定対象に含まれます。基本給だけでなく、固定的賃金の合計額で等級を判定してください。残業代などの非固定的賃金は含みません。
Q4. パートタイムで復帰した場合も対象になりますか?
A. 健康保険・厚生年金保険の被保険者資格を維持したまま復帰している場合は、パートタイムでも対象になります。週所定労働時間や月の賃金によっては被保険者資格を喪失するケースもあるため、まず社会保険の加入状況を確認してください。
Q5. 変更届を提出しないと、どんなペナルティがありますか?
A. 明確な罰則規定はありませんが、ハローワークの調査で給付金の過払いが判明した場合は全額返還義務が生じます。また、不正受給と判断されると給付金の支給停止・返還命令に加えて、場合によっては詐欺罪として刑事責任を問われるリスクもあります。手続きは必ず期限内に行ってください。
まとめ:賃金月額変更の手続きは「育休終了から1ヶ月以内」が絶対期限
この記事のポイントを整理します。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 手続きが必要な条件 | 育休取得者・2等級以上の賃金低下・被保険者・終了から1ヶ月以内 |
| 届出先 | 年金事務所(社会保険)+ハローワーク(雇用保険) |
| 主な必要書類 | 育休等終了時報酬月額変更届・賃金台帳・出勤簿など |
| 申請期限 | 育休終了日から1ヶ月以内 |
| リスク | 過払い返還・将来の年金額への影響 |
給与の変化に気づいたら、まず人事・総務担当者に相談し、期限内に必要な届出を行いましょう。手続きが不安な場合は、社会保険労務士への相談も積極的にご検討ください。
監修者コメント
育休復帰後の賃金変更は、給付金の過払いリスクと将来の年金への影響という2つのリスクを同時に孕んでいます。「何となく給与が下がった」で放置せず、必ず1ヶ月以内の届出を徹底することが、従業員・事業主双方にとって最善の対応です。
※本記事は2025年6月時点の法令・通達に基づいています。制度改正が行われる場合がありますので、最新情報は厚生労働省・日本年金機構・ハローワークの公式サイトでご確認ください。

