育児休業給付金を受給していたが、実際には配偶者が主に育児を担っており、本人はほぼ就業していた——こうした状況が「不正受給」と認定される可能性があることをご存じでしょうか。
育児休業給付金は雇用保険制度の根幹を支える給付であり、不正受給が発覚した場合は受給額の返納だけでなく、加算金・刑事罰のリスクまで生じます。本記事では、どのようなケースが不正受給に該当するのか、発覚の経緯・調査の流れ・返納額の計算方法・手続きに必要な書類まで、実務的な観点から詳しく解説します。
育児休業給付金が「不正受給」と判断されるのはどんなケースか
育児休業給付金(以下「育休給付金」)は、雇用保険法第61条の4に基づいて支給される給付金です。支給要件の核心は「育児休業期間中、実際に育児を行っていること」および「原則として就業していないこと」の2点にあります。
この要件を満たさない状態で受給していた場合、雇用保険法第10条の4第1項(不正受給の返還命令)が適用され、受給額の全部または一部の返納が命じられます。
具体的に不正受給と判断されやすいケースは以下のとおりです。
| 類型 | 具体例 |
|---|---|
| 就業実態の隠蔽 | 育休中に元の職場でフルタイムに近い形で働いていたが、申請書上は「就業日数ゼロ」と申告した |
| 副業・兼業の未申告 | 育休期間中に別の会社や個人事業で継続的に就業し、収入を得ていたにもかかわらず申告しなかった |
| 育児実施の虚偽申告 | 配偶者が育児の大部分を担い、本人はほぼ育児に関与していなかったにもかかわらず「育児中」として申請した |
| 在宅勤務の未申告 | テレワークで実質的な業務を継続していたにもかかわらず「育休中」として届け出ていた |
配偶者が主に育児していた場合は不正に当たるのか
「配偶者が主たる育児者」であることが、直ちに不正受給となるわけではありません。育休給付金の制度上、夫婦で協力して育児を行うこと自体は問題ありません。重要なのは「育休を取得した本人が育児に一切関与せず、実質的に就業状態にあった」かどうかです。
厚生労働省の雇用保険給付関係業務取扱要領では、育児休業給付金の支給対象となる「育児休業」の実態として、育休取得者自身が育児に従事していることが前提とされています。
不正受給と判断されるリスクが高い状況(例)
- 配偶者が専業で育児をし、育休取得者は週5日フルタイムで就業していた
- 育休取得者が育児にほぼ関与せず、会社に出勤して給与も受け取っていた
- 申請書類に「育児のため就業なし」と記載しながら、実態は業務に従事していた
不正受給とは判断されにくい状況(例)
- 配偶者が日中の世話を主に担い、育休取得者が夜間・早朝の育児を分担している
- 育休取得者が一時的・軽微な就業(後述の就業日数の上限内)にとどまっている
- 配偶者の急病など緊急事情で一時的に就業した(事前に事業主・ハローワークへ届出済み)
育休中に就業していた場合の線引き:パート・副業・在宅勤務はどうなる
育休給付金の制度上、育休期間中の一定範囲の就業は認められています。ただし、就業日数・時間・収入額のいずれかが一定の上限を超えると給付金が支給停止または不支給となります。
雇用保険法上の就業に関するルール(育休給付金)
| 項目 | 上限 |
|---|---|
| 就業日数 | 支給単位期間(原則1か月)中に10日以下(10日を超える場合は就業時間が80時間以下であること) |
| 収入額 | 休業開始時賃金日額×支給日数×80%を超えると給付金が支給されない(実質的な所得代替上限) |
| 在宅勤務・副業 | 上記の日数・時間・収入の要件を満たせば可能だが、申告義務あり |
問題となるのは、就業の事実があったにもかかわらず申告しなかった場合です。パートタイムや在宅勤務であっても、上限を超えた就業を「ゼロ」として申告すれば虚偽申告となり、不正受給の認定対象になります。
不正受給が発覚するきっかけと調査の流れ
「ハローワークにバレることはないだろう」と考えていても、不正受給が発覚する経路は複数あります。ハローワークは雇用保険制度の適正運用を目的として、定期的・随時的な書類審査と事業主照会を実施しています。
発覚から返納までの典型的な流れは以下のとおりです。
【発覚の契機】
↓
1. ハローワークによる書類審査・不審点の把握
↓
2. 事業主(会社)への照会・勤務実績の確認
↓
3. 本人への聴取・事実確認(呼び出し通知が届く)
↓
4. 不正受給の認定(認定通知書の発行)
↓
5. 返納命令書・返納額決定通知書の送付
↓
6. 返納期限内(通常30〜60日)に返納
↓
【返納完了 / 完了しない場合は強制徴収・告発へ】
ハローワークが行う書類審査・事業主照会の実態
ハローワークの調査では、以下の書類・情報源が確認対象となります。労働者本人が意識していなくても、事業主側から情報が開示されることで不正が判明するケースが多くあります。
| 確認対象 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 勤務簿・出勤簿 | 育休中の実際の出勤日数・時間が記録されているため、申告内容との矛盾が生じる |
| 給与明細・賃金台帳 | 育休中に給与が支払われていた場合、報酬額から就業実態が推定できる |
| 社会保険・労働保険記録 | 標準報酬月額の変動や保険料納付状況で就業の有無を確認 |
| 雇用契約書・労働条件通知書 | 育休期間中の雇用形態の変更や兼業状況を確認 |
| 申請書類との照合 | 育休給付金の申請書に記載された就業日数と実態のズレを確認 |
とくに注意が必要なのが事業主照会です。ハローワークは事業主に対して「当該期間中の就業日数・賃金支払状況」を照会する権限を持っており、事業主が正直に回答することで、育休取得者の虚偽申告が明らかになります。事業主が虚偽の回答をした場合は事業主側にも処罰が及ぶため、多くの場合、事実が開示されます。
配偶者の育児実態はどう確認されるか
配偶者が主に育児していた事実は、以下のような情報源から確認される場合があります。直接的な証拠がなくても、複数の状況証拠が組み合わさることで認定に至ることがあります。
- 配偶者の就業状況照会:配偶者が育休を取得していない場合、その就業記録から育児の実施状況が推察されます
- 保育施設・医療機関の記録:保育所の送迎記録、乳幼児健診の同席者記録など
- SNS・ブログへの投稿:育休取得者本人が職場での業務内容や出勤の様子を投稿している場合、証拠となり得ます
- 近隣・同僚からの情報提供:ハローワークは情報提供窓口を設けており、第三者からの申告が端緒となることもあります
- 本人の聴取内容:育児の具体的な関与内容(授乳・入浴・通院など)について矛盾が生じた場合
不正受給と認定された場合の返納額と計算方法
不正受給が認定された場合、返納すべき金額は「受給した給付金の全額」が原則です。さらに、雇用保険法第10条の4第2項に基づき、不正受給額に相当する額の追加納付(加算金)が命じられます。
返納額の基本構造
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 返納本体額 | 不正に受給した育休給付金の全額 |
| 加算金 | 返納本体額と同額(合計で不正受給額の2倍が返納額の上限目安) |
| 延滞金 | 返納期限を過ぎた場合、年5%相当(雇用保険法施行令第28条に基づく) |
計算例
育休給付金を月額20万円(支給率67%の場合、休業開始時月収は約29.8万円)×12か月=240万円受給していた場合:
- 返納本体額:240万円
- 加算金(不正受給額相当):240万円
- 合計返納額:最大480万円(延滞金は別途)
加算金の適用は「偽りその他不正の行為によって給付金を受けた」場合に限られます。悪意のない事務手続き上のミスなど、不正の意図が認められないケースでは加算金が減額・免除される場合もあります。ただし、就業実態の意図的な隠蔽や虚偽申告は「不正の行為」と認定されるリスクが高いです。
返納額が変わる要素:一部不正・全部不正の違い
不正受給のすべてが「全額返納+加算金」とは限らず、不正の範囲・程度によって返納額が変わります。
| 不正の範囲 | 返納額の取扱い |
|---|---|
| 全期間にわたる不正 | 受給全額+加算金 |
| 一部期間のみ不正 | 不正に受給した期間分の金額+加算金 |
| 就業日数超過のみ | 超過分の給付金相当額+加算金 |
| 悪意なき誤申告(意図なし) | 返納本体額のみ(加算金免除の場合あり) |
返納手続きに必要な書類と流れ
不正受給が認定された後、ハローワークから「返納命令書」および「返納額決定通知書」が届きます。その後の手続きは以下のとおりです。
| 書類名 | 説明 |
|---|---|
| 返納命令書 | ハローワークから発行される。返納額・返納期限・振込先が記載されている |
| 返納額決定通知書 | 返納内訳(本体額・加算金・延滞金)が記載された通知書 |
| 本人確認書類 | 運転免許証・マイナンバーカードなど |
| 振込明細書 | 返納完了後の証明として保管(後日問い合わせがある場合に備える) |
返納の手順
- 返納命令書に記載された期限(通常30〜60日以内)を確認する
- 指定口座(ハローワーク管轄の歳入徴収官口座)に振込で返納する
- 振込完了後、振込明細をハローワークへ提出または提示する
- ハローワークから返納完了の確認通知を受け取る
分割返納・猶予の可能性
一括返納が困難な場合、ハローワーク(または歳入徴収官)に対して返納猶予・分割返納の申請が可能です。ただし、分割返納が認められるかどうかはケースバイケースであり、以下の要素が考慮されます。
- 返納義務者の収入・資産状況
- 不正受給の悪質性
- 自主申告か発覚後の申告かの別
分割返納を希望する場合は、速やかにハローワークの担当窓口へ相談することが重要です。放置すると財産差押えなどの強制徴収手続きが進む場合があります。
刑事罰・行政処分のリスク
不正受給は民事的な返納義務にとどまらず、刑事罰の対象となる場合があります。
雇用保険法上の罰則
雇用保険法第83条では、偽りその他不正の行為によって給付を受けた者に対して、3年以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる旨が規定されています。
詐欺罪(刑法第246条)が適用されるリスク
不正受給の手口が悪質で組織的・計画的な場合、雇用保険法違反に加えて刑法上の詐欺罪(10年以下の懲役)が適用されるケースもあります。詐欺罪は「人を欺いて財物を交付させた」場合に成立しますが、虚偽の申請書類を提出して給付金をだまし取った形式はその構成要件に該当しうるため、実際に起訴・有罪となった事例も存在します。
| 罰則の根拠 | 内容 |
|---|---|
| 雇用保険法第83条 | 3年以下の懲役または30万円以下の罰金 |
| 刑法第246条(詐欺罪) | 10年以下の懲役(罰金なし) |
| 行政処分 | 不正受給認定による給付制限(以後の雇用保険給付の制限) |
自主申告した場合の取扱い:発覚前に申し出るメリット
ハローワークに発覚する前に自主的に申告・返納した場合、以下のようなメリットが生じる可能性があります。
- 加算金が軽減または免除される余地が生じる
- 刑事告発が見送られる可能性が高まる
- ハローワークとの協議の中で分割返納が認められやすくなる
反対に、発覚を待って何もしないまま放置することは、延滞金の増加・強制徴収・刑事告発のリスクを高めます。「実は不正受給に当たるかもしれない」と気づいた場合は、早期にハローワークまたは社会保険労務士へ相談することを強く推奨します。
不正受給を防ぐための正しい制度理解と申告方法
不正受給は意図的なケースだけではなく、制度の誤解や申告手続きの不備から生じることもあります。以下の点を事前に確認しておくことで、意図せぬ不正を防ぐことができます。
育休中の就業は必ず事前に申告する
育休中に就業する場合は、就業の前に事業主へ連絡し、育休給付金の支給単位期間ごとに「就業日数・就業時間・賃金額」をハローワークへ申告しなければなりません。申告を忘れたまま就業すると、たとえ上限内の就業であっても虚偽申告と見なされるリスクがあります。
「育児」の定義は広く捉えられている
育休給付金における「育児」の実施は、24時間365日育児だけをしている必要はありません。日中は配偶者が育児を担い、帰宅後や週末に育休取得者が育児を担うといった分担も「育児への関与」として認められます。問題となるのは育児への関与が実質ゼロで、就業が主たる活動となっている場合です。
パパ・ママ育休プラスを活用した正当なダブル育休
配偶者と同時期または連続して育休を取得する「パパ・ママ育休プラス制度」を活用することで、両者が合法的に育休給付金を受給しながら育児を分担することができます。この制度を正しく利用すれば、夫婦で育児分担しながら双方が給付金を受け取ることが可能です。
不正受給に関するよくある質問
Q1. 育休中に在宅で少しだけ業務をしていた場合、すべて不正受給になりますか?
在宅勤務であっても、支給単位期間(1か月)中の就業日数が10日以内(10日を超える場合は就業時間が80時間以内)であり、かつ収入が所定の上限を超えなければ、育休給付金は支給されます。ただし、就業の事実をハローワークへ申告していることが前提条件です。申告せずに就業していた場合は、仮に上限内であっても虚偽申告として問題になる可能性があります。
Q2. 会社が「育休中に働いてもいい」と言っていたので申告しませんでした。これも不正受給になりますか?
会社の内部的な許可とハローワークへの申告義務は別の問題です。育休給付金の申告義務は雇用保険法に基づく公法上の義務であり、会社の了承があっても申告を省略することはできません。ただし、会社が主導して申告漏れが生じた場合は、事業主側にも責任が及ぶ可能性があり、処分の軽減材料となる場合があります。
Q3. 配偶者も同時に育休を取っている場合、「育児していない」と判断されることはありますか?
双方が育休を取得している場合でも、育休給付金の受給要件(就業していないこと・育児に関与していること)を各自が満たす必要があります。両者が育休中であっても、一方が実質的に就業して育児に関与していない場合は不正受給のリスクがあります。
Q4. 不正受給の疑いで調査を受けましたが、まだ認定は出ていません。この段階でできることはありますか?
調査段階では、弁護士または社会保険労務士に相談することを強くお勧めします。調査への対応方法・自主申告の可否・返納額の見通しなどについて、専門家のアドバイスを受けることで不利な認定を避けられる可能性があります。聴取には録音を行うこと、および発言内容を書面で確認することも有効です。
Q5. 数年前に育休を取得した際の不正受給が今頃発覚することはありますか?
雇用保険法における不正受給の時効については、返納命令の時効(公法上の請求権の消滅時効)は2年とされています(会計法第30条)。ただし、詐欺罪として刑事告訴された場合、刑法上の公訴時効は7年です。数年前の受給であっても、調査が開始されれば返納命令が出る可能性は完全には否定できません。
不正受給が疑われるときの相談窓口と対応
育休給付金の不正受給について心配がある場合、以下の窓口に相談することができます。
ハローワーク
各地のハローワークに育休給付金に関する専門部門が設置されています。制度の詳細な説明や申告漏れ・誤申告の相談が可能です。ただし、既に調査対象となっている場合は、専門家を通じた相談がより有利です。
社会保険労務士(SR)
育休給付金・雇用保険法に精通した社会保険労務士は、不正受給の可能性判定・ハローワークとの交渉・返納手続きのサポートを行います。多くの場合、初回相談は無料または低額です。
弁護士
刑事罰のリスクが高い場合、刑事弁護を専門とする弁護士に相談することで、調査段階での権利保護と刑事告発回避の交渉が可能です。法テラスを通じた法律相談制度も活用できます。
早期相談は加算金の軽減・刑事処罰の回避につながる重要な選択肢です。
まとめ
育児休業給付金の不正受給は、「育休中に就業していた事実を隠蔽した」「配偶者が育児の全部を担い本人は就業状態にあった」「就業日数を虚偽申告した」などのケースで認定されます。
発覚した場合の返納額は受給額の最大2倍(本体額+加算金)に達し、さらに雇用保険法上の刑事罰(3年以下の懲役)や詐欺罪(10年以下の懲役)のリスクもあります。
最も重要なのは、育休中の就業はすべて正確にハローワークへ申告すること、そして「もしかして不正受給に当たるかもしれない」と気づいた時点で、発覚前に自主申告・相談の行動を取ることです。自主申告は加算金の軽減・刑事告発の回避において有利に働く可能性があります。
不安な点がある場合は、最寄りのハローワーク、または育休・雇用保険に詳しい社会保険労務士や弁護士へ早めに相談することをお勧めします。
参考法令
- 雇用保険法第10条の4(不正受給の返還命令)
- 雇用保険法第61条の4(育児休業給付金)
- 雇用保険法第83条(罰則規定)
- 雇用保険法施行令第27条の6
- 会計法第30条(国の債権の消滅時効)
- 刑法第246条(詐欺罪)
- 厚生労働省「雇用保険給付関係業務取扱要領」


