育児休業中なのに在宅で少し仕事をした——そんな「グレーゾーン」が原因で、育児休業給付金が停止・返還を求められるケースが増えています。
厚生労働省の調査によると、育休給付金に関するハローワークへの問い合わせのうち、在宅勤務との境界線をめぐる相談は近年急増しており、「知らなかった」では済まない制度的リスクが現実になっています。
この記事では、育児・介護休業法と雇用保険法の観点から、育休と在宅勤務を分ける法的・実務的な判定基準を完全解説します。企業の人事担当者から育休取得中の労働者まで、手続きミスによる給付金停止リスクをゼロにするための知識を網羅しています。
育休と在宅勤務は法的に別制度|混同で給付金停止のリスク
育児休業の法的定義|「休業」=就業義務なしが原則
育児休業は、育児・介護休業法第2条・第3条に基づく制度です。その本質は「就業義務の一時的な停止」にあります。
育児・介護休業法 第2条(定義)
「育児休業とは、労働者がその1歳に満たない子を養育するためにする休業をいう」
「休業」という言葉が示すとおり、育休期間中は労働契約は存続しているものの、就業義務が免除された状態です。賃金は原則として発生せず、その代わりに雇用保険から育児休業給付金が支給されます。
| 項目 | 育児休業 | 在宅勤務 |
|---|---|---|
| 法的性質 | 休業(就業義務なし) | 勤務(就業義務あり) |
| 賃金支払い | 原則0円 | 通常の賃金支払い |
| 育児休業給付金 | 受給対象 | 受給対象外 |
| 社会保険料 | 本人・企業ともに免除 | 通常どおり納付 |
| 復職扱い | 明確な復職日が必要 | 継続勤務(復職手続き不要) |
在宅勤務の法的位置づけ|「勤務」=労働契約継続中
一方、在宅勤務(テレワーク)は場所を変えただけの「通常勤務」です。労働基準法上の労働時間管理義務が企業に課されており、賃金支払い義務も継続します。
育休期間中に在宅で業務を行った場合、それが就業行為として認定されると育休給付金の受給要件を満たさなくなります。「育休中だから給付金をもらいながら、少しだけ仕事する」という状態は、制度の趣旨に反するだけでなく、法的に給付金の不正受給とみなされるリスクがあります。
給付金停止になる最多事例|企業と労働者の認識ズレ
実務上でよく見られる給付金停止リスクの高い事例を紹介します。
事例①:「軽い業務連絡のつもり」が就業認定
上司から毎日メールやチャットで業務報告を求められ、それに応じていたケース。ハローワーク調査で「業務上の指示に応答している=就業中」と判定された結果、遡及して給付金の返還請求がなされました。
事例②:会社が「育休扱い」のまま実質的に業務継続
人事担当者が「育休申請書を出しているから問題ない」と誤認し、月30時間以上の在宅業務を継続させていたケース。給付金の全額返還を求められました。
事例③:賃金の一部が「手当」として支払われ続けた
「精勤手当」や「業務関連手当」の名目で賃金が発生し、給付金の一部停止となったケース。賃金台帳の不適切な管理が原因です。
これらの共通点は、企業と労働者の双方に「グレーゾーンの認識がなかった」点です。
法改正のポイント(2023年4月改正・2024年改正動向)
2023年4月施行の改正育児・介護休業法では、以下の重要な変更が加わりました。
- 産後パパ育休(出生時育児休業)の創設:子の出生後8週間以内に4週間まで取得可能
- 育休の分割取得(2回まで)の制度化
- 有期雇用労働者の取得要件緩和:「1年以上継続雇用」要件が廃止
2025年以降の改正動向としては、育休中の就業に関するルールがさらに明確化される方向で厚生労働省の審議が進んでいます。企業の制度設計にあたっては、最新の省令・告示を確認することが重要です。
【判定基準表】月間10日・80時間の壁|育休と在宅勤務を分ける6つの基準
育休中の就業について、ハローワーク・年金事務所が実務上参照している判定基準を整理します。最重要基準は「月間就業日数が10日以下かつ就業時間が80時間以下か否か」です(雇用保険法施行規則・厚生労働省告示に基づく運用基準)。
| 判定項目 | ✅ 育児休業と認定 | ⚠️ 在宅勤務(要注意) |
|---|---|---|
| 月間就業日数・時間 | 10日以下かつ80時間以下 | 10日超または80時間超で「勤務中」と判定 |
| 月間賃金 | 0円(または基準額の13%以下) | 基準額の80%以上で給付金不支給 |
| 業務連絡対応 | なし | ほぼ毎日対応→就業の証拠 |
| 勤務時間指定 | なし | あり→労働契約上の義務存続 |
| 社会保険料控除 | 免除 | 天引きあり→就業の証拠 |
| 出勤簿・勤務管理 | 記載なし | 記載あり→就業の証拠 |
判定基準①月間就業日数・時間|10日・80時間が法定基準
育休給付金の支給ルールにおける最大の境界線が、月間就業日数と就業時間です。
雇用保険法第61条の4および厚生労働省告示(第318号)に基づく実務運用では:
- 月間就業日数が10日以下かつ就業時間が80時間以下の場合:育休給付金支給対象
- 10日超または80時間超になると:育休給付金の支給が停止・減額される可能性が高まる
- 月間で就業日が10日を超え、就業時間が通常の労働時間に近い場合:育休として認められないリスクが極めて高い
実務上の留意点
ハローワーク実務では、「月間20時間程度」を超える継続的な在宅業務は「実質的な勤務状態」と判定するケースが増えていますが、法定基準は「10日・80時間」です。ただし、日数と時間の両方の基準を満たすことが必須であることに注意してください。
グレーゾーン事例:
- 月9日・各日2時間の業務(計18時間)→ 日数10日以下・時間80時間以下のため支給対象だが、賃金発生の有無を別途確認
- 月10日・各日8時間の業務(計80時間)→ 80時間の上限に達しており、給付金支給の要件を満たす下限レベル
判定基準②賃金発生|基準額の80%が限界線
育休中は、賃金が支払われた場合、その額に応じて給付金が減額・停止されます。
【給付金と賃金の関係式】
休業開始時賃金日額 × 支給日数 = 支給基準額(A)
・賃金が(A)の13%以下 → 給付金は全額支給
・賃金が(A)の13%超80%未満 → 給付金は減額支給
・賃金が(A)の80%以上 → 給付金は不支給
たとえば、月給30万円(休業開始時)の方が育休中に在宅で6万円(20%)の賃金を受け取った場合、給付金は減額支給となります。
「基本給は払っていないが手当は払っている」というケースも賃金とみなされる可能性があるため、企業の人事担当者は賃金台帳の記載を育休開始と同時に0円にする手続きを徹底してください。
判定基準③業務連絡対応|毎日の連絡は「就業の証拠」になる
育休中に業務上の連絡に応答すること自体は必ずしも違法ではありませんが、頻度・内容・時間がポイントです。
- 緊急時の一時的な問い合わせ対応(月数回):基本的にOK
- 毎日の業務報告・進捗共有・意思決定への参加:就業と判定されるリスクが高い
- 定期的なオンライン会議への出席(業務目的):就業時間にカウントされる可能性あり
企業側の注意点: 育休中の社員にSlackやメールで日常的な業務連絡をすることは、労働者の意思に反した「育休の妨害」にあたりうるため、ハラスメント(マタハラ・パタハラ)の観点からも禁止が望ましいとされています。
判定基準④勤務時間指定
「育休中だが週3日の午前中だけ在宅で対応してほしい」という企業からの要請は、労働時間の指定=労働契約上の就業義務の継続を意味します。この状態は「育休」ではなく「時短勤務」または「一時的な復職」として扱う必要があります。
判定基準⑤社会保険料免除
育休期間中は、健康保険・厚生年金保険の保険料が本人・事業主ともに免除されます(健康保険法第159条・厚生年金保険法第81条の2)。
この免除を受けているにもかかわらず実質的に勤務している状態は、年金事務所の調査で指摘対象となりえます。賃金台帳と出勤簿の整合性チェックが実施されます。
判定基準⑥出勤簿・勤務管理記録
出勤簿や勤怠管理システムに育休中の社員の勤務記録が残っている場合、それが就業の証拠として機能します。企業は育休開始と同時に勤怠管理システムから当該社員を「休業中」ステータスに変更し、勤務記録が生じないよう管理することが重要です。
【手続きガイド】育休申請から給付金受給までの正確な手順
Step 1:育児休業申請(休業開始1か月前まで)
労働者が企業へ提出する書類:
- 育児休業申請書(企業所定様式、または厚生労働省モデル様式)
- 記載事項:休業開始日・終了予定日・子の出生日・申請日
- 提出期限:原則として休業開始予定日の1か月前まで(ただし出生時育児休業は2週間前まで)
企業の手続き:
- 申請書の受理・確認
- 休業期間中の勤務管理システムを「休業中」ステータスに変更(出勤記録が発生しないよう設定)
- 賃金台帳への休業開始日の記録
- 社会保険料免除申請の準備(休業開始月の翌月年金事務所へ届出)
Step 2:育児休業給付金申請(初回:休業開始後2か月後を目安)
ハローワークへの提出書類(事業主経由):
| 書類名 | 記載内容・注意点 |
|---|---|
| 雇用保険被保険者休業開始時賃金月額証明書 | 休業開始前6か月の賃金を記載。在宅勤務期間の賃金が混入していないか確認 |
| 育児休業給付受給資格確認票・(初回)育児休業給付金支給申請書 | 休業期間・就業日数(10日以下であること)を正確に記載 |
| 母子健康手帳の写し(子の出生を証明するもの) | 出生日・氏名が確認できるページ |
| 賃金台帳・出勤簿(直近2年分) | 受給要件確認のため。育休中の勤務記録がないことも確認される |
申請期限: 支給単位期間(1か月ごと)ごとに、払い渡し希望金融機関口座を指定した申請書をハローワークへ提出。支給単位期間終了後2か月以内が原則。
Step 3:2回目以降の継続申請と注意事項
2回目以降は、2か月ごとにまとめて申請することが一般的です(ハローワークによる案内に従う)。
継続申請時の確認事項:
- 各支給単位期間中の就業日数が10日以下かつ就業時間が80時間以下であること
- 賃金支払い状況(賃金が発生している場合は金額を正確に申告)
- 育休の延長(子が1歳・1歳6か月・2歳に達した時点での申請)の要否確認
【企業・労働者別】チェックシート
企業(人事担当者)向けチェックリスト
□ 育児休業申請書を休業開始1か月前に受理したか
□ 勤怠管理システムを「休業中」に変更したか
□ 休業期間中の賃金支払いを停止(または適切に減額)したか
□ 社会保険料免除申請を年金事務所に届け出たか
□ 休業中の社員に業務連絡・指示を送っていないか
□ 賃金台帳・出勤簿に休業中の就業記録が残っていないか
□ 育休給付金申請書類を期限内にハローワークへ提出したか
□ 社員が復職した日から社会保険料が再開されるよう手続きしたか
□ 復職者に対してハラスメント防止教育を実施しているか
労働者向けチェックリスト
□ 休業開始1か月前に育児休業申請書を提出したか
□ 育休期間中に会社から業務連絡・指示が来ていないか
□ 育休中に就業(メール対応含む定期的な業務)をしていないか
□ 賃金が発生している場合、給付金申請書に正確に申告しているか
□ 毎支給単位期間の就業日数が10日以下かつ就業時間が80時間以下か確認しているか
□ 復職日を明確に決定し、会社に通知しているか
□ 延長申請が必要な場合、期限内に手続きしているか
□ 育休終了後の復職面談で不利益な配置転換が提示されていないか
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中に会社から「少しだけ仕事をしてほしい」と言われました。応じていいですか?
A. 育休中の就業(一時的な就業)は、労使協定の締結と本人の同意がある場合に限り可能です(育児・介護休業法の定め)。ただし、月の就業日数が10日以下かつ就業時間が80時間以下であることが給付金継続の条件です。会社からの依頼に強制的に応じる義務はなく、同意なき就業依頼はハラスメントになりえます。
Q2. 在宅で「育児しながらできる範囲の軽作業」をしました。給付金はもらえますか?
A. 就業時間・賃金の発生状況によります。前述の判定基準(月10日以下・80時間以下・賃金が基準額の80%未満)を満たしていれば受給は可能ですが、必ずハローワークへの申請書に就業日数・賃金を正確に記載することが必要です。申告漏れは不正受給とみなされます。
Q3. 育休中に副業・フリーランス業務をしても給付金はもらえますか?
A. 副業・フリーランス業務についても、育休中の就業時間・収入としてカウントされる場合があります。特に雇用関係が発生する副業は要注意です。自社以外での就業時間も含めて10日・80時間の基準を判断されるケースがありますので、必ずハローワークに事前確認を取ることをお勧めします。
Q4. 産後パパ育休(出生時育児休業)でも同じ基準が適用されますか?
A. はい、産後パパ育休においても育児休業給付金(出生時育児休業給付金)の支給要件として、同様の就業日数・時間の基準が適用されます。ただし、取得期間が最大28日と短いため、各支給単位期間の設定が通常の育休と異なります。詳細はハローワークにご確認ください。
Q5. 給付金を誤って受給してしまった場合、どうすればよいですか?
A. 速やかにハローワークへ自己申告し、返還手続きを行うことを強くお勧めします。悪意のない誤受給であっても、発覚した場合は全額返還に加えて延滞金が発生することがあります。自己申告することで、処分が軽減される可能性があります。
まとめ|育休と在宅勤務の境界線は「10日・80時間・賃金80%」
育休と在宅勤務の境界線を判定する核心は、次の3つです。
- 月間就業日数が10日以下かつ就業時間が80時間以下であること
- 賃金が休業開始時賃金の80%未満であること(13%以下なら全額支給)
- 出勤簿・賃金台帳・業務連絡記録に就業の証拠が残っていないこと
企業の人事担当者は、育休申請を受けた時点で勤務管理・賃金支払いを確実にリセットし、休業中の社員への不用意な業務連絡を避けることが不可欠です。労働者は、就業した場合は必ず正確に申告し、給付金との調整ルールを理解したうえで行動してください。
制度は毎年改正が続いています。申請前には必ず最寄りのハローワークまたは社会保険労務士への確認を忘れずに行いましょう。
参考法令・資料
– 育児・介護休業法(令和4年改正)
– 雇用保険法第61条の4
– 厚生労働省告示第318号
– 厚生労働省「育児・介護休業法のあらまし」(最新版)
– ハローワークインターネットサービス(育児休業給付金ページ)
よくある質問(FAQ)
Q. 育休中に在宅で少し仕事をした場合、給付金は停止されますか?
A. 月間10日超または80時間超の就業で給付金が停止される可能性があります。企業や労働者の「グレーゾーン」認識が原因で返還請求されるケースが増えています。
Q. 育児休業と在宅勤務の法的な違いは何ですか?
A. 育休は「就業義務の停止」で賃金0円・給付金受給、在宅勤務は「勤務継続」で通常賃金支払い義務があります。場所ではなく法的性質が異なります。
Q. 育休中の業務連絡やメール返信で給付金が停止されますか?
A. 上司の指示への応答や業務報告は「就業行為」と認定され、給付金停止リスクがあります。日常的な業務指示受けは避けるべきです。
Q. 月間10日以下・80時間以下なら育休と在宅勤務の両立は可能ですか?
A. 可能ですが、ハローワークの判定基準であり、企業側の明確な制度化と書面化が必須です。曖昧な運用は返還請求のリスクがあります。
Q. 育休中に手当や一部賃金が支払われた場合はどうなりますか?
A. 名目に関わらず賃金支払いがあると給付金の一部停止・返還請求の対象になります。育休期間中は賃金発生を厳密に管理する必要があります。

