産前休業に入った直後、あるいは休業中に流産・死産が判明した場合、頭の中に浮かぶのは「すでに受け取った出産手当金は返さなければならないのか」という不安ではないでしょうか。身体的・精神的につらい時期に制度的な手続きまで負担を感じさせてしまうことは大変申し訳ないのですが、正確な情報を早めに把握しておくことで、余計な混乱を防ぐことができます。
本記事では、妊娠週数による判断基準・流産と死産の法的違い・返納義務の有無・手続きフロー・必要書類・協会けんぽへの申告方法を、法的根拠とともにわかりやすく解説します。
流産・死産後に出産手当金の返納義務は生じるのか?【結論から解説】
結論を先にお伝えします。
妊娠22週未満の流産 → 出産手当金の返納義務が生じる可能性が高い
妊娠22週以降の死産 → 返納義務は生じない(受給資格あり)
この分岐点を整理すると以下のとおりです。
| 妊娠週数 | 法的分類 | 出産手当金の扱い |
|---|---|---|
| 22週未満 | 流産 | 返納対象となる可能性が高い |
| 22週以上 | 死産(出産) | 受給資格あり・返納不要 |
「22週」という数字が、給付金の返納義務を左右する最重要の基準です。以下でその根拠を丁寧に解説していきます。
出産手当金の「出産」とは何か—法律上の定義を確認する
出産手当金は健康保険法第102条に基づく給付です。同条では、被保険者が出産した場合に、出産日以前42日(多胎妊娠は98日)から出産日後56日までの間、労務に服さなかった期間について手当金を支給すると定めています。
ここで重要なのが「出産」の定義です。健康保険法における出産は、単に生きた子を産むことだけを指しているわけではありません。妊娠85日(12週)以上での分娩であれば、死産・人工妊娠中絶も含めて「出産」と取り扱われます(健康保険法施行規則の解釈通知および保険局長通知による)。
つまり、法律上の「出産」の最低ラインは妊娠12週(85日)以上です。
一方で、出産手当金が全額受給できるかどうかは、さらに別の基準である「22週」が関わってきます。次の節でその関係を整理します。
妊娠22週が分岐点—流産と死産の法的違い
「出産」の最低ラインは12週以上ですが、産前休業との関係で「死産証書」が発行されるか否かは22週が境界になります。
| 項目 | 22週未満(流産) | 22週以上(死産) |
|---|---|---|
| 法的呼称 | 流産 | 死産 |
| 死産証書 | 発行されない | 発行される |
| 出産手当金の受給資格 | 原則なし・返納対象 | あり・返納不要 |
| 死産届の提出 | 不要 | 必要(市区町村へ) |
| 出産育児一時金 | 12週以上なら受給可能な場合あり | 受給可能 |
死産証書(母子保健法に基づき医師・助産師が発行)は、妊娠満22週以後の死産に対して交付されます。これが出産手当金の「出産」に該当することを証明する書類となります。
22週未満の流産の場合、この証書が発行されないため、健康保険法上の「出産」と認定されず、産前休業期間中に受け取った出産手当金が返納対象になる可能性があります。
⚠️ 重要: 妊娠12週以上22週未満の場合、「出産」の最低要件(85日以上)は満たすため取扱いが複雑になるケースもあります。この範囲に該当する方は、必ず加入している健康保険組合または協会けんぽに直接確認してください。
返納義務が発生するケース・しないケースを週数別に整理
「自分は返納が必要なのか」を確認するために、週数・給付受給状況・手続き状況によって場合分けして解説します。
妊娠22週未満の流産—返納対象となる可能性と例外
22週未満での流産は、原則として出産手当金の返納対象です。産前休業を取得していた期間中に支給を受けていた場合、その全額または一部を保険者(協会けんぽまたは健康保険組合)に返納する必要が生じます。
ただし、以下の点に注意が必要です。
① 受給前であれば請求しないことで解決する
流産が判明した時点でまだ出産手当金の支給申請をしていない場合、申請を取り下げる・申請しないという対応で済みます。返納手続きは不要です。
② 健康保険組合によって運用に差がある
協会けんぽは全国統一の基準で運用されていますが、企業の健康保険組合は独自の規約を持つ場合があります。組合によっては、22週未満でも一定の条件下で給付を認めるケースや、返納額の算定方法が異なるケースもあります。加入している保険者に直接確認することが最優先です。
③ 傷病手当金への切り替えを検討できる場合がある
流産後に身体的な回復が必要で労務に就けない状態が続く場合、傷病手当金(健康保険法第99条)の受給対象となる可能性があります。出産手当金から傷病手当金への切り替えは、担当医の診断書を元に手続きが可能です。
妊娠22週以降の死産—出産手当金を受け取れる根拠
22週以降の死産は「出産」に該当するため、出産手当金を受け取る権利が維持されます。
根拠は健康保険法第102条の「出産」解釈と、母子保健法に基づく死産証書の存在です。死産証書が発行されることにより、保険者は法律上の「出産」として認定します。
受給継続に必要な証明書類は以下のとおりです。
| 書類 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 死産証書(原本または写し) | 分娩した医療機関 | 母子保健法に基づき発行 |
| 出産手当金支給申請書 | 協会けんぽ・健康保険組合 | 事業主(会社)の証明欄あり |
| 医師の意見書(診断書) | 担当医 | 分娩日・週数の記載が必要 |
ポイント: 死産の場合でも、産後56日間の「産後休業」期間中の手当金も受給できます。精神的につらい時期ですが、権利として確実に申請してください。
まだ給付を受けていない場合の対応—申請前の流産・死産
産前休業を取得し、まだ出産手当金の支給申請をしていない段階で流産・死産が判明したケースです。
22週未満の流産の場合: 申請を行わなければ返納問題は発生しません。ただし、産前休業期間中は社会保険料の免除申請(育休中とは異なり、産前産後休業中の社会保険料免除は申請が必要)をしている場合は、会社経由でその取り消しが必要になることがあります。
22週以降の死産の場合: 通常どおり申請を進めることができます。申請方法は後述します。
返納手続きの具体的なフローと必要書類
手続きの全体フロー
【Step 1】流産・死産の診断確定
↓
【Step 2】勤務先(人事・総務)への速やかな連絡
↓
【Step 3】加入保険者(協会けんぽ・健康保険組合)への報告
↓
【Step 4】妊娠週数の確認と返納義務の有無の確認
↓
【Step 5-A】22週未満(流産)→ 返納通知の受領・返納手続き
または
【Step 5-B】22週以降(死産)→ 死産証書等を添付し申請継続
↓
【Step 6】傷病手当金への切り替えが必要か確認(流産の場合)
返納手続きに必要な書類チェックリスト
22週未満の流産(返納が必要な場合)
- [ ] 流産の診断証明書(医師発行・妊娠週数の記載必須)
- [ ] 出産手当金支給申請書の写し(すでに申請済みの場合)
- [ ] 返納通知書(保険者から送付される)
- [ ] 振込先口座情報(返納金の振込用)
- [ ] 被保険者証のコピー
診断証明書の週数記載について: 「妊娠○週○日での流産」という具体的な記載を医師に依頼してください。週数が不明確だと手続きが遅延する原因になります。
22週以降の死産(受給継続の場合)
- [ ] 死産証書(原本または認証済みの写し)
- [ ] 死産届の受理証明書(市区町村への届け出後に発行)
- [ ] 出産手当金支給申請書(事業主記入欄を含む)
- [ ] 医師の意見書(分娩日・妊娠週数の記載)
- [ ] 被保険者証のコピー
協会けんぽへの申告・問い合わせ方法
協会けんぽ(全国健康保険協会)に加入している場合の連絡先と手順は以下のとおりです。
① 都道府県支部への連絡
協会けんぽの手続きは、事業所の所在地を管轄する都道府県支部が窓口です。電話またはオンラインで相談の予約が可能です。
📞 協会けんぽ全国統一ナビダイヤル:0570-006-840(平日 8:30〜17:15)
② 書類の提出方法
書類は郵送または窓口持参のいずれかで提出できます。郵送の場合は、書類の紛失リスクを避けるため簡易書留または特定記録郵便の使用をお勧めします。
③ 健康保険組合の場合
会社が独自の健康保険組合に加入している場合は、会社の人事・総務担当者を通じて健保組合に連絡します。窓口や書類の様式が協会けんぽと異なる場合があります。
給付金返納額の計算方法と時効
返納額の算定方法
返納が必要な場合の金額は、受給済みの出産手当金の全額または産前休業開始から流産判明日(または分娩日)までの日数分の相当額となります。
出産手当金の1日当たりの金額は以下の計算式で求められます。
出産手当金(1日当たり)
= 標準報酬日額(標準報酬月額 ÷ 30)× 3分の2
計算例:
- 標準報酬月額:30万円
- 標準報酬日額:30万円 ÷ 30 = 1万円
- 1日当たりの出産手当金:1万円 × 2/3 = 6,667円
- 産前休業を14日間取得・受給済みの場合:6,667円 × 14日 = 93,338円が返納対象額の目安
注意: 実際の返納額は保険者の計算によって確定します。上記は目安です。
請求権の消滅時効について
健康保険法第193条により、保険給付の返還請求権の消滅時効は2年間です。
返納通知が届いた場合は、速やかに対応することを強くお勧めします。時効が成立するまで請求権は消滅しませんが、遅延損害金が発生するケースもあります。また、正当な理由なく返納を拒否・放置すると「不正受給」として取り扱われる可能性があります。
出産育児一時金との関係—併せて確認すること
出産手当金とは別に、出産育児一時金(健康保険法第101条)との関係も整理しておきましょう。
| 妊娠週数 | 出産育児一時金 | 出産手当金 |
|---|---|---|
| 12週未満 | 受給不可 | 受給不可 |
| 12週以上22週未満 | 受給可能(50万円)※ | 原則返納対象 |
| 22週以上 | 受給可能(50万円)※ | 受給可能 |
※ 2023年4月以降の金額。産科医療補償制度加入医療機関での出産の場合。
出産育児一時金は死産・流産であっても妊娠12週(85日)以上であれば受給できます。出産手当金の返納義務が生じる「22週未満の流産」でも、出産育児一時金は受け取れる場合があるため、こちらの申請漏れがないよう注意してください。
勤務先への報告と産前休業終了後の職場復帰
会社への報告タイミングと伝え方
流産・死産が判明したら、できる限り早めに直属の上司または人事・総務担当者に連絡してください。口頭または書面での報告後、以下の対応が会社側で必要になります。
- 産前産後休業の終了届(ハローワーク・年金事務所への届出)
- 社会保険料免除申請の取り消し(産前産後休業中に免除申請していた場合)
- 給与計算の修正(無給期間の調整)
精神的に連絡が難しい状況であれば、家族に代理で連絡してもらうことも可能です。
職場復帰の時期と傷病手当金の活用
流産・死産後は、身体の回復に加え、精神的なケアも非常に重要です。医師から「労務不能」の診断が出ている間は、傷病手当金を受給しながら療養することができます。
傷病手当金の支給額は出産手当金と同様の計算式(標準報酬日額 × 2/3)で算出されます。出産手当金の返納後に傷病手当金を受給する形に切り替わる場合、支給開始日の調整や重複受給の確認が必要になりますので、保険者に相談してください。
社会保険料免除の取り扱い
産前産後休業中は、健康保険・厚生年金保険の保険料が免除されます(健康保険法第159条・厚生年金保険法第81条の2)。ただし、流産・死産により産前産後休業が終了した場合、免除期間も終了します。
返納手続きと並行して、以下を会社経由で確認・対応してください。
- 産前産後休業取得者申出書の取り消し
- 社会保険料免除期間の変更届
- 保険料の事後徴収が発生する場合の給与控除の調整
まとめ:週数による判断と早めの相談が最重要
流産・死産後の出産手当金返納義務について、重要なポイントを整理します。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 妊娠週数の確認 | 22週未満(流産)か、22週以降(死産)かが最重要 |
| 受給状況の確認 | 申請前なら返納不要(申請しないことで対処) |
| 保険者への早期連絡 | 協会けんぽまたは健康保険組合に速やかに報告 |
| 傷病手当金の活用 | 療養期間中の所得補償として活用を検討 |
| 出産育児一時金の確認 | 12週以上なら受給可能・申請漏れに注意 |
| 時効の確認 | 返納請求権の時効は2年間 |
つらい状況の中での手続きは本当に大変です。一人で抱え込まず、勤務先の人事担当者・加入している保険者の窓口・社会保険労務士などの専門家に相談しながら進めてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 流産後、すでに出産手当金を受け取ってしまいました。すぐに返納しないと不正受給になりますか?
流産が判明した後、速やかに保険者(協会けんぽまたは健康保険組合)に連絡することが重要です。故意の隠ぺいや虚偽申告でない限り、すぐに「不正受給」と判断されることはありません。連絡後に返納通知が届き、指定された期日までに返納することで問題は解決されます。気づいた時点でできるだけ早く連絡してください。
Q2. 妊娠16週で流産しました。死産証書はもらえますか?
妊娠22週未満の流産では死産証書は発行されません。死産証書は母子保健法に基づき、妊娠満22週以後の死産に対してのみ発行されます。ただし、出産育児一時金については妊娠12週(85日)以上であれば申請できる場合がありますので、保険者に確認してください。
Q3. 会社に流産したことを詳しく話したくないのですが、どこまで報告が必要ですか?
産前産後休業の終了と、それに伴う給付の変更については会社への報告が必要です。ただし、流産の詳細な経緯や医療情報を会社に開示する義務はありません。「妊娠週数○週で流産し、産前休業が終了となりました」という事実のみ伝えれば手続きは進められます。詳細は保険者と直接やり取りする形が可能かどうかを、人事担当者に確認してみてください。
Q4. 流産後に傷病手当金を受給するには、出産手当金の返納を先に完了させる必要がありますか?
必ずしも返納を先に完了させる必要はありませんが、出産手当金と傷病手当金は同一期間に重複して受給することができません。保険者への返納通知後、傷病手当金の申請を並行して進めることは可能です。具体的な手続きの順序は、担当の保険者に確認するのが最も確実です。
Q5. 流産後の産前休業期間中、社会保険料の免除はどうなりますか?
産前産後休業中の社会保険料免除は、休業終了日をもって終了します。流産・死産によって産前産後休業が実際よりも短期間で終了した場合、免除期間も変更されます。会社経由で「産前産後休業取得者申出書」の変更届を年金事務所に提出する必要があります。遅れると保険料の徴収が発生することがあるため、勤務先の人事担当者に早めに伝えてください。
Q6. 22週以降の死産でも、産後56日間分の出産手当金をすべて受け取れますか?
はい、22週以降の死産は健康保険法上の「出産」に該当するため、出産日(死産日)後56日間の産後休業期間中の手当金も受給できます。死産証書・死産届受理証明書・出産手当金支給申請書(事業主証明付き)・医師の意見書を揃えて保険者に申請してください。
免責事項: 本記事は2024年時点の法令・制度に基づいた一般的な情報提供を目的としています。個別の状況によって手続きや給付額が異なる場合があります。具体的な判断は、協会けんぽ・健康保険組合・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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